食事と栄養の話 その① 〜食事を食べるためのプロセス〜

アルブミン

ぬぅ・・・と奇声をあげながら頭を抱える白波百合の後ろで、上代葉月もまた腕を組んで担当患者様の食事風景を眺めている。

それは先日入院した細身で長身の高齢男性患者様である。

上代 葉月
上代 葉月

ふぅ・・・

白波 百合
白波 百合

どうしたっすか?珍しくため息をついて・・・

白波はため息をつく上代を振り返りそう尋ねる。上代は一度首を横に振る。

上代 葉月
上代 葉月

新しい担当の方の食事量が中々増えなくて・・・

白波 百合
白波 百合

ふぅむ。それは由々しき問題っすね・・・あっ食事の事なら進藤さんに聞いたらどうっすか?週末だからお店の方にいるはずっす!

上代 葉月
上代 葉月

確かアンタが前に行ったっていう・・・でもお店でそんな話を聞くのはちょっと迷惑じゃない?

白波 百合
白波 百合

大丈夫っすよー。先輩曰く半分道楽でやってるみたいっすから。

そう。と上代は白波から店の住所を聞いた。それでもやっぱり担当の患者様がほとんど食事を摂れてないとなるとリハビリも進まない。

それに・・・どんな店かも興味もある。

上代 葉月
上代 葉月

ありがとう百合。ちょっと行ってみるよ!

白波 百合
白波 百合

自分も行きたいんすけど・・・書類が溜まってるっすから・・・

白波は再び電子カルテの前で突っ伏している。無理しないでよ。と上代は言葉を残してその店に向かうべく病棟を後にした。

古ぼけた木造りのドアは重い。そう言えば一人でこういった店に来るのは初めてだな。進藤の店のドアを目の前にして上代はそんな事を考えた。

進藤 守
進藤 守

いらっしゃい。なんだ珍しい。百合ちゃんのお友達じゃないか。

上代 葉月
上代 葉月

初めまして。なんだか良いお店ですね。

店内には自分しか客がいない。半分道楽というのは本当かもしれないと思いつつ、進藤さんには悪いけどちょっとラッキー。そう思った。

進藤 守
進藤 守

何か頼む?

上代 葉月
上代 葉月

えぇ。そしてちょっとお尋ねしたい事があるのですが、進藤さんは食事のとれない患者様にどう関わりますか?

進藤は一瞬目を丸めて、ほぅ。と短く言葉を発した。そして腕を組んで一瞬考えるとウイスキーグラスにライムを入れ、それを潰すと氷とラム酒でグラスを満たす。

進藤 守
進藤 守

強いお酒だけどお酒が好きだと昔言っていたね。大丈夫?

上代 葉月
上代 葉月

良い匂いがしますね。それでは遠慮なく頂きますね。

進藤 守
進藤 守

そしてその人は食事がとれないと言ったね。それでその人は食べられないのかい?それとも食べたくないのかい?

上代はグラスを口にそっと添える。強いラムの香りがライムの香りに包まれて、喉の奥を流れていく。

上代 葉月
上代 葉月

その人は食べたくないんだ。と言っていました。細身の人で足の筋力も低下しています。歩くときにもふらついているんですが、お腹が空かないと・・・

進藤 守
進藤 守

それでは食べられないのではなく、て食べたくない人なんだな。その二つの区別はまず最初に付けておく事が大切だと思うよ。

上代 葉月
上代 葉月

確かにそうですね。食べれないという事は飲み込みに問題があるという事ですか?

進藤 守
進藤 守

そうとも言える。ちょっと詳しく話そうか。食べ物を食べて飲み込むには幾つかのプロセスがあるね。例えば今、君が行った一連の動作がまさにそれだよ。

上代はグラスを片手に自分が今何をやったのかを思い出す。グラスを口に近づけてそれを飲み込んだ。

進藤 守
進藤 守

まず葉月ちゃんはそのグラスを見てそれが何かを認識した。その結果それを飲みたいと思った。それが認知期になるね。そしてそれを口に含み味わい場合によっては咀嚼して喉へと運ぶ。それは口腔期になって、そこから喉の奥の咽頭と呼ばれる場所で気管ではなく食道に流すこれは咽頭期となり、その後食道を流れていく食道期を経て、そのお酒は君の胃袋の中に収まった訳だ。

上代 葉月
上代 葉月

教科書で確かそう習いました。でもこうやって実際にやってみると分かりやすいですね。

進藤 守
進藤 守

常に意識しろとは薫と違って俺は言わないけれど、まぁ日常生活の中で大切なプロセスだね。歩く事も必要だけどそれを行うにもエネルギーが必要だし、それを行うのが食事という事だからね。

ふむ。と上代はグラスを撫でる。ちりじりになったライムの果肉がグラスの中を漂っている。

進藤 守
進藤 守

そして飲み込んで胃に到達して消化される。そして十二指腸を経由して小腸に入り吸収される。そうやって吸収された栄養素は体を巡りそれぞれに代謝され血となり肉となる。そしてそのエネルギーを消費しながら生きて、そして消費されたならそれを蓄える。

上代 葉月
上代 葉月

当たり前なのにこうやって言葉にすると不思議に聞こえますね。

進藤 守
進藤 守

まぁな。人間は本当に良くできている。そしてそれらに何か障害が生じると人は食べられなくなるか、食べたくなくなる。ある意味それは自然な事かもしれないけれど、だからと言って何もしない訳にはいかないね。

自然な事と言いつつ進藤もまたグラスに酒を注ぐ。琥珀色のそれを愛おしそうにカウンターに寄りかかりながら進藤は喉の奥へと送る。

上代 葉月
上代 葉月

ならそのプロセスに問題があると食べられなくなるのですね。

進藤 守
進藤 守

そうだな。それをまぁ経験談も多いが語ろうか。語るのは苦手なんだが・・・

上代 葉月
上代 葉月

お店でこんな話は申し訳ないのですが・・・ちょっと興味があります。

グラスの中の氷が溶けて乾いた音を立てる。その音は不思議なほど店内の中に流れて消えていった。

上代葉月の手帳 1

・まずはその人が食べたいのか、食べられないのかを考える。

・認知期→口腔期→咽頭期→食道期と飲み込むにはプロセスがある。

・この人の作るお酒はとても美味しい。

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