【告知】『Re:Habilis ~失われた私とリハビリテーション~』
28歳で脳梗塞を発症した私から、右手足の力と言葉が失われました。もともと無口な私は夫へ想いを伝える術を失ったのです。いつかあなたにも知って欲しい。これから始まる私のリハビリテーション。
元気を出さなきゃいけないっす。と白波百合は自分に言い聞かせる。さて・・・と進藤守が姿勢を整えるのを見て、白波もまた姿勢を伸ばす。
それではいよいよ口腔ケアの手順だな。まずは姿勢を整える30度程度の頭部挙上を行い、首は左右どちらかを向けるのがコツだな。正面を向き首が後ろに沿ってしまうと誤嚥のリスクが高まる。そしていよいよ歯を磨く前に十分に口腔内を湿潤させる。うがいが可能ならうがいを、難しければ口腔内へ水分をスプレーしたり、スポンジブラシを濡らして湿潤させる。この時によくよく水分を絞っておくこともまたコツだな。
ふむふむ。口腔ケアの途中にも水分を誤嚥するリスクがあるってことっすね。必要な人にはいつでも吸引ができる準備や、ガーゼで過剰な水分をこまめに拭き取る準備もまた必要っすね。
あぁそうだ。そして歯ブラシの当て方も柔らかな素材で優しく、歯の表面や歯間を磨く際には歯の側面に対して垂直にブラシを当ててこまめに動かす。これはスクラビング法と呼ばれるな。そして歯肉溝にある歯垢を除去する際にはブラシを45度程度の角度をつけるバス法で磨く。優しく、そしてこまめに行い磨き残しがないように一定の手順で行うことが必要だ。
それに今は進藤さんからちゃんと教えてもらわなきゃいけないっす。白波は進藤が静かに語る手順を胸に刻み込む。鼓動が落ち着き呼吸も整う。
そして粘膜ケアも欠かさない。ここでは強い摩擦入らずに軽くさする程度で大丈夫だな。スポンジブラシや舌ブラシで乾燥した痰といった汚染物を回収していく。特に病院ではうがい自体が誤嚥のリスクが高い人がいるために、可能なら吸引チューブ付きのブラシで吸引しながら行えるのが理想だな。難しくても、水分が気管に流れ込まないようにこまめに水分を拭き取りながら行う。
ふむふむ。時に痰の塊が大きな人もいるっすからね。気管に入ったら大変っす。しっかりと回収して、うっかり見落としてえ喉の奥へと流れ込まないようにしなきゃっすね。
あぁ。その点は十分に気を付けることが必要だな。そして最後は十分に保湿して締めくくる。何度も言ったが唾液の分泌量が低下している方も多い。よって口腔湿潤用のジェルやスプレーも使用する。呼吸状態にもよるがマスクを利用するのも、特に口呼吸を繰り返す方に対して有効だったりする。あとは・・・実践だな。
はい!と手を斜めにして白波が額に手を当てると、進藤は大丈夫だよ。と声をかける。たくさんの意味が込められた、大丈夫だよ。という言葉に白波は聞こえた。
痛みを与えずできる限り苦痛を与えないということがまず念頭に置く。そしてケア中に誤嚥をしてしまわないように注意深く行うことが必要だ。時間が許すのならば唾液腺マッサージも有効だな。
知っているっす!こう、人差し指と中指で耳の下から奥歯にかけて、ゆっくりとマッサージする方法っすね。こう・・・円を描くようにゆっくりと・・・。
そうだな。円を描くようにゆっくりとだな・・・。
急がなくてもいいと進藤は言い、自分の耳下腺をマッサージする白波に合わせて、進藤もまた指先を動かす。そうだ。急がなくてもいいんだと白波は自分に言い聞かせる。眉間に皺を寄せながら、真剣に指先を動かす進藤を見ていて、白波はなんだか笑えてきた。急がなくてもいいと自分にも言い聞かせた。
白波百合の覚書 6
・口腔ケアにも準備が必要。安全な姿勢作りと磨く前の保湿もまた重要。
・痛みを与えないように優しく、剥がれ落ちた痰もしっかりと回収する。
・ゆっくりでいいのだ。優しくとも聞こえた。
【心揺さぶるストーリー!理学療法士×作家のタナカンによる作品集!】
小説の中では様々な背景や状況、そして異なる世界で生きる人々の物語が織りなされます。その中には、困難に立ち向かいながらも成長し、希望を見出す姿があります。また、人々の絆や優しさに触れ、心温まるエピソードも満載です!
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