山吹薫の想い出 その⑥  〜束の間の賑やかな日〜 【山吹薫の昔の話】

山吹薫の想い出

『すぐに店へ来てくれ』その連絡が来たのは山吹薫が石峰優璃と携帯ショップから出た時だった。黄昏時はとうに過ぎて夜の帳は降りている。

石峰 優璃
石峰 優璃

どうかしたのか?

山吹 薫
山吹 薫

いぇ。進藤から連絡が有って、ついでに店に寄って行きませんか?

そうだな。と石峰はまるでおもちゃを買ってもらった少女のように、手足を大きく伸ばして上機嫌で歩いている。そして山吹達は共に進藤の店へと辿り着くと、ドアの前からすら賑やかな声が漏れ出ている。何事かと不安な気持ちのままドアを開いた。

進藤 守
進藤 守

おぉ・・・やっと来てくれたか・・・

高橋 美奈
高橋 美奈

おっそーい!二人で何してんのよー!

その光景を見て山吹はぎょっと身を固める。高橋美奈に一方的に肩を組まれる死んだ目の進藤守がそこには居た。そしてカウンターに腰掛ける巨大な背中と丸いキノコのような髪型は岩水静と内海青葉だろうと確認しなくても分かった。

石峰 優璃
石峰 優璃

あはは!なんだどうした皆んな勢揃いしているじゃないか!

高橋 美奈
高橋 美奈

だって帰り道で主任ちゃんが薫ちゃんと一緒に歩いてるとこ見たんだもんー!どうせならと思ってねー!

内海 青葉
内海 青葉

そうそうー!偶には良いかなってねー!それにしてもここは良い所だねー!

岩水 静
岩水 静

そうだな!大八海という我が愛すべき酒も置いてあるとは中々粋な酒場だ!

進藤 守
進藤 守

そうなんだ・・・どこで聞き付けたのか・・・この調子でもう2時間だ・・・

何よーと強かに酔っている高橋に絡まれ、進藤は息も絶え絶えにそう答えた。内海はカクテルグラスを傾け、岩水は一升瓶を片手に枡をで酒を煽っている。

山吹 薫
山吹 薫

・・・なんだか心中をお察しするよ。

進藤 守
進藤 守

・・・だろう?分かってくれるか・・・?

山吹は進藤に向けて親指だけを立てカウンターに座る。ぬははーと小悪魔を通り過ぎて、悪魔のような笑い声を上げながら麦酒を煽る高橋を見て、なるほどこういう事かとも合点が行く。

石峰 優璃
石峰 優璃

偶にはこういう賑やかなのも良いもんだな!

高橋 美奈
高橋 美奈

でしょ?ってそれで二人で何してたのよー!私というものが有りながらー!

山吹 薫
山吹 薫

主任に頼まれてスマートフォンを選んでたんですよ。

ふーん。と逃げ出そうとする進藤の首根っこを掴んだまま高橋は、そうなんだぁとだけ答える。

内海 青葉
内海 青葉

アナログな主任ちゃんも遂に文明の利器を手に入れたんだねー!

岩水 静
岩水 静

ぬはは!それは良い事だ!常に時代は進んでおるのだからな!

内海は優雅にカクテルグラスを揺らし、岩水はまるで昔話の鬼のように日本酒を煽っている。それを見て石峰は笑みを隠し切れずに両手を後ろで組みつつ体を揺らす。

石峰 優璃
石峰 優璃

ところで新人君。これはどうやって使うのだ?ボタンが無いぞ?

山吹 薫
山吹 薫

どうしてこんな所はアナログなんですか・・・これは・・・

高橋 美奈
高橋 美奈

ちょっと待ってー!それは私が教えるのー!生意気薫ちゃんはちょっとお酒でも飲んどきなさいな!

高橋はそう言うと掴んでいた進藤を放り投げて石峰にあれこれ世話を焼いている。まぁ良いかと山吹はカウンターに項垂れる進藤に酒を注文する。

進藤 守
進藤 守

あれだ。綺麗な花にはトゲがあるとはよく言ったものだ。

山吹 薫
山吹 薫

短時間でそのトゲにそこまで貫かれるとは尊敬するよ。

進藤 守
進藤 守

まぁとりあえず担当が退院したお祝いという事で、それはサービスしとくよ。

そういえば進藤と初めて担当を共にしたんだなと改めてそう思う。そして静かに進藤とグラスを合わせる。するとスマートフォンの初期設定を終えた石峰が山吹の隣に腰掛ける。

石峰 優璃
石峰 優璃

しかしなんとも難しいものだ。そういえば二人の担当は無事退院したらしいな。お疲れ様。

進藤 守
進藤 守

いやー優璃さんからそう言って貰えると嬉しいっすわー!

山吹 薫
山吹 薫

まぁお陰様で良い経験になりました。

そうか。と石峰は尊大な笑みを浮かべる。そしてバッグの中からガサゴソと一つの包み紙を取り出し、それを開いて山吹の前に置く。

石峰 優璃
石峰 優璃

忘れ無い内に渡しておくよ。今日の礼だ。

内海 青葉
内海 青葉

あははー!なにそれ可愛いなー!

岩水 静
岩水 静

なんだか人を嘲るようなデザインであるな!小粋なものだ!

進藤 守
進藤 守

ちょっとなんでソイツだけなんすか!?俺にも!俺にも!

高橋 美奈
高橋 美奈

あらあら。ってちょっとこれ優璃に似てない?

どうかな?と石峰は笑みを浮かべ山吹を見る。山吹はその人を嘲るように笑みを浮かべる黒猫のマグカップを両手で包む。インスタントコーヒー専用だなと心の中でそう思う。

山吹 薫
山吹 薫

ありがとうございます。でもこれはいつでも主任に見張られている気がして下手な事はできませんね。

石峰 優璃
石峰 優璃

それくらいが丁度良いだろう?

どうですかね。と山吹はその黒猫のマグカップをもう一度見た。確かに主任によく似ている。そして石峰はまたあの酒を頼むと言い進藤はそれに答える。琥珀色に染まるその液体にライトが反射して、石峰優璃の陶器のような横顔を写した。そういえば顔色がいつもより白いなと山吹は思った。

高橋 美奈
高橋 美奈

それならまだまだ呑むわよー!

内海 青葉
内海 青葉

そうだねー!進藤くん同じのお代わりー!

岩水 静
岩水 静

ふむ。ならばもう一本貰おうか!

そうして再び繰り広げられた賑やかな宴会をみて、進藤がポツリと今日は貸切にしておこう。そう呟くのが聞こえた。

そして山吹はその光景を笑い声を上げながら楽しげに見つめる石峰の隣で、その黒猫のマグカップもまた笑みを浮かべているような。そんな風に思った。

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』

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理学療法士。作家。つむぎ書房より『看取りのセラピスト』を出版。理学療法士としては、回復期から亜急性期を経て、ICUを中心に働き内部障害を中心に患者へと関わる。ご連絡はこちらからも→Xアカウント(旧Twitter)@tanakan56954581 他にも多くの小説ストックあります。

ちなみに千奈美さんの第一話はこちらから

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