進藤守は極彩色に照らされた酒棚を背に、カウンター越しに座る山吹薫と沢尻悠のグラスに酒を注ぐ。そしてもうすぐ、かつての主任と同じ名を持つもう一人のセラピストが現れる筈だと、もう一つグラスを用意した。そして間も無く扉を開く音がする。
お疲れっす!あいたた・・昨日久しぶりに走ったら右の太腿が痛くて・・・
あははーまるで絵に描いたような疼痛回避性の破行だねー!右の立脚期が僅かに短いよー
大腿四頭筋の筋疲労か?坂道でもダッシュしたんじゃないか?初期接地のタイミングで膝が動いていない。前足部の床半力が膝より随分前を通り過ぎているぞ。
なんだか・・・そう歩き難くそうな同僚を見ると、生き生きするのは理学療法士の性かね?しかし俺は言語聴覚士だが歩行や動作の分析は、どうも理学療法士頼りになってしまうのが、我ながらイカンと思うよ。
よっこらしょっと。と掛け声と共にカウンターチェアーに腰をかける白波百合におしぼりとチャームを用意しながら、同じ名前でもこうも違うと可笑しいなと進藤は笑みを浮かべる。
ならこれを見たら良いかもよー。【【評価学】大事なのは評価!新人療法士必見】新人さん向けと書いてあるけど、実際は俺らも十分参考になるし!学生さんやそのバイザーさんにもおすすめさー!
あっ!ぱられるゴリラさんこと!ぱらゴリ先生のブログっすよね!これ面白いんすよねー!他にもオンラインセミナーで色んな有名な人とコラボしたり凄い先生っす!それにツイッターのイラストが可愛いんすよねー!
たしか以前白波君に見せてもらったな。普段発信する情報も中枢疾患を主として、よく纏った素晴らしい知識が発信されている。普段僕らが相手にする症状を分かりやすく解説してあるな。
ほうほう。それは素晴らしいな。俺らの仕事は中枢疾患と切っては切れない仕事だから、誰もが知っておく事があるな。
そういつつ進藤はカウンターから身を乗り出して沢尻のスマートフォンを覗き込む。ただの文章の羅列ではなく、要所要所に分かりやすい図やイラストが添えてある。良く出来た教科書や参考書を読んでいる気分になるし、何よりこれが無料で公開されているのが驚きだった。
確かにこの記事は分かりやすいな。最初から読み進める事で段階的に理解できる様になっている。そしてこの手順でレポートやレジュメを作る事で相手に伝わりやすい内容になりそうだな。
でしょでしょー!流石オンラインセミナーで活躍される先生だよねー!しっかり教え慣れているって感じ!だからこそ!そういう先生に教えて貰える事が有難いよねー!ただ教科書を読むだけよりもずっと実践的だよー!
他にも他にも色々な記事があるんすよ?分かり難い中枢神経の回路や経路がすっごく詳しくて!そして分かりやすく纏めてあるっす!このブログを教科書としても良いくらいと思うっすよー!
確かにそれは言えているな。教科書も教科書で必要だけど、それをちゃんと正しく理解するためのツールもまた必要だ。その点、この方のブログには舌を巻いたよ。下手な文献じゃ歯が立たない。そして白波君はやたらと詳しいな。
火酒に視線を落とす山吹の顔を白波は覗き込み、嫉妬っすか?とニヤニヤと笑いながらそう尋ねた。それには視線を返さず、何がだ?と山吹は眉を顰める。その二人を見比べて進藤はため息を吐いた。
ともかく今日から勉強させてもらうよ。他にも有用な記事は多いし、何よりも職種が違うからと言って、全く知らないでも良いなんて事はないからな。
そうそう!それに基礎的な部分はきちんと共有して、その上でお互いの専門性を生かすのが理想だね!
正しくそうだな。それに普段の不摂生で余計な怪我をしたりするのは困るから・・・気を付ける様にな。
大丈夫っす!先輩こそ定期的に運動して体を鍛えた方が良いっすよ!
そういう事かね?と進藤は首を傾げる。この不器用な友人の優しさは非常に分かり難いなと唇を歪ませつつ、オンラインセミナーは非常に面白そうだとツイッターの画面を開き、フォローボタンを押した。
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【これまでのあらすじ】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
【これまでの話 その①】
【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】
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【廻り巡る】一人目の告白はこちらから
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