白波百合の頭の中 その⑤ 〜過去の想いを懐かしむために〜

総論

白波百合はそっと自分の帯を締め直す。

新年の挨拶には着物を着て厳かに。

数少ない自分の習慣の一つである。普段の姿と比べてみると少しだけ笑えた。

小さな頃に、初めてこの帯を結んでくれたのは祖母だった。

今はもういない。どんどん小さくなっていって、

そしていつしかその一生の幕を閉じた。

その姿を見るのが嫌で何ができるか考えた結果、今の仕事を選んだ。

家族は反対していた。だけども祖母だけが喜んでくれた。

これで何が起きても大丈夫やねぇ。

その約束は結局果たされる事は無かった。だけども・・

と白波は考える。

1年目の頃には段々と衰弱する患者様を目にして何も出来ずに自分を呪った。先輩に反抗してでも現状は変える事は出来無かった。

そして今の病棟を志望した。

もしかしたら逃げたかったのかもしれない。

環境を変えればその想いから目を背ける事が出来るのかもしれない。

実は自分でも気が付かないほどの心の奥ではそう思っていたのかもしれない。

だけどもそれは良い意味で裏切られた。

先輩の元で学ぶうちに新しい仲間も出来た。

休憩室で学び、病棟で実践し、知識や技術が身になる事で、なんだか目を背けたかった気持ちにも段々と目を向ける事が出来た。

そして自分のリハビリが次につながっていく事も分かった。

知識としてではなく心の奥底に沈み込むようなそんな感覚だった。

不器用で無愛想で女性の扱い方などこれっぽっちも分かっていない先輩のおかげだと思う。

本当に。声にはまだ出せないけれどそう思う

人は前に進んでいればいつかは変われると思う。

それが過去からの逃避であってもそれでも前に進めれば、強くなった自分がいつしか過去の自分を懐かしむ事ができる。

でもきっと先輩はまだ過去の中にいるのだと思う。

まるでそれは自分のように。過去の何かを変えるために前に進む。

それは耳に入る過去の断片から容易に想像できた。

絶対に気付かれないと思っているっすね。

ふふ。と白波は笑みを浮かべる。ちょっとだけ寂しい気持ちも嘘ではない。だけどもそれでも今は暖かい空気の中にいる。

今年はどうなるのだろうか。そんな事を考えた。

それでも自分は前に進める。きっと先輩もあれだけ賢いのだから過去など乗り越えるのだろう。そうとも思う

もし先輩が過去に押しつぶされそうになったのならその時には助けてやるっすかね。そしたらきっと先輩との距離もまた縮まるのだろうか。言葉に隠れた気持ちの中でそんな事を思った。

白波百合は裾を揃えて部屋を出る。親戚がそろそろ集まっている時間だ。

過去は変える事は出来ないけれど、過去の見方は変える事が出来る。

一人で眺める過去は案外暗いものだから、いつか先輩の昔話を聞いてみよう。そして一緒にそれを眺める事で先輩が重たい過去を懐かしく思えるならば。

それで良いっすかね。

白波はそう思って、着物のままにその場で回る。くるくると。

祖母にその姿を見せるように。

これで大丈夫。安心っす。

そう言葉にしない言葉は胸の中にゆっくりと沈んでいって、淡い花びらとなって消えていく。そんな風に思えた。

コメント

  1. 橘右近 より:

    あけましておめでとうございます。お正月からの連投うれしいです。
    今年2020年もますますのブログの発展をお祈りいたしますとともに、私自身の
    画力向上にも努めてまいりますので、今年もよろしくお願いいたします。

    • tanakan より:

      ご丁寧にありがとうございます。返信遅れて申し訳ありません。今年もブログの幅を超えた多岐に渡って一緒に頑張りましょう

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