坪井は何度も白波と山吹を見比べている。いつの間にか先輩後輩ではなく師弟関係に近い様にも思える。大丈夫かいな。と坪井は足を組む。
話を続けようか。圧迫骨折だけではないが、骨折の主症状というか訴えとして多いのは当然、疼痛だ。
それはそうっすよね。骨が折れて痛いのは当たり前っすね!
そりゃそうやな!特に胸椎と腰椎の繋ぎ目のところは、特に何してても使うもんなー。上半身と下半身との繋ぎ目やしなぁ。
何をしていてもそこにストレスは掛かる。よってまず最初にコルセット作成の指示が主治医より出る。指示が出なくても指示を受ける必要がある事も多い。
確かに指示は出てるっす。長めのコルセットっすね。軟性のやつっす。
ふむ。と山吹は興味深そうに指を顎先に当てる。本当にこの人は医療機関以外では生きていけそうにないなぁ。と坪井は目を細めた。
コルセットの種類にも色々ある。フレームの入った硬性コルセットや比較的柔らかい軟性コルセット。それは骨折の範囲や重傷度、主治医の方針によって違う。だけどもしばらくはそれを装着して生活して頂かなければならない。
あのぎゅっと腰を占めるやつやんな。あれはしんどいわな。息苦しそうやわ。
ふむふむ。なら先ずはコルセットが出来るまでしっかりとベッド上で廃用予防っすね。
早期離床は必要だが、離床には多くはコルセットが必要になる。まぁ多くは痛くて身動きはできないけど痛みが許す範囲内での足の運動を行う。いざ起き上がるときに起き上がれるようにな。
坪井は百合の方を見る。山吹の話をせっせとノートに取りながらあれこれ考えている。きっと患者様の事を考えているのだろう。
その時に必ず神経所見の評価も行う。つまり痺れが無いか、感覚が鈍くなっていないか。足先はしっかりと動くのか。といったところだね。
確かに脊椎の圧迫骨折やしな。脊椎は頭からの神経がこう束になって通っている所やから、、、確かに大切やね。人によっては痺れが出るし、ひどい時には足先が動き辛くなる時があるもんな。
その評価は病棟や僕らで行い主治医に経過を報告する必要がある。痛みもそうだね。日ごとに変化するから患者に寄り添う僕達にしかでき無い事も多い。
そうっすね!ちゃんとお話を聞くっす!
きっと自分の祖母に姿を重ねてるんやろな。と坪井は横目で白波を見た。なんだか危うい。そうとも思う
そして、楽になる姿勢と痛みが強くなる姿勢。その二つを考える。痛みの強くなる姿勢は多くは仰向けでベッドの角度がフラットの状態の時。そして体をそのままに起き上がろうとすると激痛が走る。
第12胸椎と第1腰椎の部分は脊椎にそれぞれ役割があるっすけど、丁度こう・・・釣竿がしなり始める所っすからね。何をしても一番負担がかかるっすからね。
そやな。ちょっと頭を上げるなり、横向きになると折れた所に重力がかかり難くなって少し痛みが楽になる人も多いわな。
そうだな。安楽な姿勢を一緒に探してリハビリ時間以外の安楽を得る事が大切だ。そして四六時中同じ姿勢という分けにはいかないから、体を捻るように横向きにならないように指導する。
脊柱が捻れると折れた所にストレスがかかって症状が悪化する事もあるっすから、生活指導もまた重要っすね!
多くの医療従事者は自分の肉親へ介入する事は少ない。それでも姿を重ねる事は多くある。それは献身的ではあるが感傷が思考を鈍らせる事も多い。
そうだな。そして多くの患者様を悩ませるのは痛みであるから、痛みの増減は日々しっかり評価する。神経所見の変化もそうだが、痛みがマシになっているようならそれを伝える。
確かにいつまで経っても痛みが続いていたら気持ちが落ちてしまうもんなー。痛みって気持ちの持ちようで幾らでも装飾されるし、痛みがマシになったら気が楽になるもんな。
なるほどなるほど。確かにそうっすもんね!気が紛らわす事も重要っす!
まぁその点は大丈夫そうだがな。
どういう事っすか!?
白波は口を尖らせその矛先を山吹に向かわせる。坪井は山吹が目を細めるのを見てきっとこの人もまた何か感傷を抱いているのかもしれない。ふとそう思った。
まぁ圧迫骨折の場合にはコルセットを付けて早期に離床する事が大切だ。だけども床上で痛みが楽になる姿勢をまず見つける。これが重要だと僕は思う。起き上がると痛いから楽になる姿勢をまず見つけないと痛いままだ。
特にそれは注意するっすね。痛がってるのを見るのは嫌っすからね。
それはそうやなー。でもリハビリといえば運動!というイメージ強いのがアレやなぁ。部屋に行くだけで身を固める人も多いもんなぁ。
まぁこれだけリハビリが有名になったんだ。仕方がない事だろうな。
仏頂顔の山吹さんが来たら余計に体固くしそうやもんねー。
うへへ、意外と先輩、患者様と話していると優しい顔してるんすよ?
ほぉ。と坪井は目と口を丸くする。山吹は視線を逸らして窓の外をみる。
山吹さんの表情は汲み取れないけれど、そんなんも見てみたいなぁ。と思いながら白波を見る。真っ直ぐすぎて危うい。どうなる事やら。
坪井は大きく伸びをした。
白波百合のノート 60
・まずは痛みの評価と神経所見の変化をチェックする。症状が強くなっていないかどうかを確認する。
・コルセットが出来て離床を進める段階まで、ベッドの上で患者様が安楽に過ごせる姿勢や、痛みの変化を伝えてあげる。まずは安心!気を紛らわせる事も必要
・患者様に向ける山吹さんの優しい表情は今の所自分と患者様だけのものっす。
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