業務後の更衣室はどこか閑散としている。
勤務の始まる直前は騒々しいのに不思議なものだと上代葉月は思う。
更衣室に置かれた一つのテーブルとそれを挟んで置かれる丸椅子の上で、テーブルにその身を預ける坪井昨夜はスマートホンのページをめくる
さっきから何を見てるの?
前からなー医療系のブログを見るのにハマっててん!
確かに最近よく見るようになったね。面白いのある?
このなー。『サスリテーション,JP』ってのがおもろいねん!
ふーん。と上代は坪井のスマートホンを覗き込む。淡い水色のシンプルなデザインのそのブログには様々な表題が並んでいた。
その「診断名だけを見ていたら大事なリスクを見落とすよって話」面白そうだね。タイトルの語呂が好き。
そやなー。リズム感もええね。どれどれ覗いてみてみよー。ってのっけから怖いな!
うん。でもこれは私たちに直結する話だね。
セラピストが訴訟されるなんて、考えてみた事なかったけど有りえる話やんな。
そこに書かれているのは、セラピストがリスクを見落とした時に起こる訴訟の話だった。二人は顔を見合わせ目を丸める。
もし訴えられたら、はなやしきさんの言う通り人生終了かもしれへんな。
確かに保険を払っていても全額補償とはいかないもんね。それに現在進行中で診断されていない疾患があったら、気がつかないかもしれない
山吹さん達もいつも言うてるもんなぁ。それもこう言うことがあるからかもしれへんな。
運動療法も薬物療法と同じように副作用もある。って白波が前に堂々と言ってたね
まぁきっと山吹さんの言葉やろけどな。
ふむ。と二人は向かい合って腕を組む。
リハビリをしていると、リハビリだけの視点で進むこともあるのかもしれないね。
特にウチら回復期のリハビリはある意味、原疾患の治療が終わって症状が安定している。というのが条件になってしまうもんなー。
でも慢性疾患はある意味、今も続いている疾患だから過度な運動療法はその疾患が増悪するかもしれないね。
それは難しいわなぁ。あっでも色々対策かいてくれてるみたいやね。
二人は小さなスマートフォンをもう一度覗き込む。そこには実際に起きた事例が書かれている。
・・・やっぱり勉強も大切だね。
しっかし、いろんな人の考え方を知るのは偶にはええもんやねぇ
そして二人は大きく伸びをする。業務後の時間というのは日常と非日常のちょうど合間なように思う。
また面白い記事見つかったら教えてくれる?
勿論や!こういった部分で百合にも教えてやらなあかんな!
そう言って二人は立ち上がった。そろそろ白波が頭から湯気を立ち昇らせながら帰ってくる頃だろう。とそう思う。さてさて今度はどんな話だろうか。ちょっとだけ白波の話を楽しみにしながら二人は更衣室を後にする。
残された丸椅子は形をそのままに、わずかに灯る光を反射していた。
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