麻痺の話 その② 〜脊髄の損傷に伴う大きな危険〜 【山吹薫の昔の話】

圧迫骨折

朝焼けが容赦なく差し込むリハビリ室で、欠伸をかみ殺す石峰優璃を山吹薫は珍しいものだと眺めてみる。

山吹 薫
山吹 薫

しかし主任がそう・・ちょっと眠たそうにしているのは珍しいですね?

石峰 優璃
石峰 優璃

そうか?仕事をしていない時の私はこんなものだよ。業務が始まればいつもの通りだ。

なんにしてもスイッチというものは、この人にも存在しているのだなと山吹は思う。常に頭も体も動き回っているから、偶にはこういう姿を見るのも良いものだと思う。

石峰 優璃
石峰 優璃

さて末梢神経が神経の通り道であり、そこの障害については大まかに分かったかな?

山吹 薫
山吹 薫

その神経の繊維が圧迫されたり、酷い時には傷害される事でその先にある運動や感覚が傷害されるのでしたね。

石峰 優璃
石峰 優璃

そして脊椎から神経が出る場所、出口や入口が変形する事でも神経症状などが出現する。しかし背骨に守られる脊椎自体が傷害される訳ではないな?もし損傷されたらどうなるのだろう?

山吹 薫
山吹 薫

脊髄損傷の事ですね。これは大きな外力が脊椎に加わり、その中の神経の束である脊髄を損傷してしまう。高所からの落下や交通事故などで見られる重大な疾患です。

そうだな。と少しずつ主任の目が開いていくのを山吹はみる。周りの光量に合わせて瞳が変化し、まるで猫だなと山吹は思う。

石峰 優璃
石峰 優璃

発症初期は特に命に関わる重大な外傷だよ。そして脊髄もまた脳と同じ中枢神経だが、脳から見たら末梢に位置する。よって分類としては中枢神経であるが、傷害としては脳からの指令が末端へと伝わる経路が傷害される。よって脳から見た末梢神経の傷害としても取らえても良いかもしれない。

山吹 薫
山吹 薫

細かいところですが、脳血管障害といった麻痺とは少し感覚は違いますからね。

石峰 優璃
石峰 優璃

もちろん脊髄損傷にもまた動きや感覚が鈍る不全麻痺と、動きや感覚失われる完全麻痺がある。そしてそれぞれの脊髄には、その位置から支配する場所や筋肉が決まっている。だからその損傷した部位が重要となるな。

山吹 薫
山吹 薫

デルマトームですね。どこの何が傷害されて、どの程度なのかはしっかりと評価しないといけませんね。

詳しい話はまた今度だな。と石峰は大きく伸びをする。こうも流暢に話しつつ体はゆっくり目覚めていく途中らしい。

石峰 優璃
石峰 優璃

大まかに腰のあたりの損傷は両方の足を、胸椎の損傷なら高さにもよるが腹と腰周りから下の動きや感覚が障害される。これは両麻痺と呼ばれるな。そして首なら当然その下の腕全体の障害だ。頚椎の損傷は頚椎損傷となり、他の脊髄損傷よりも難渋する事もある。

山吹 薫
山吹 薫

確かに首から下の動きが制限されると、当然自宅に帰るには長い時間が掛かるでしょう。

石峰 優璃
石峰 優璃

当然そうだが、ここには一つ自律神経が大きく関わる。胸椎にも自律神経が存在し、そこから分布する。よってそこから上位の脊髄・・・より上からの指令を伝達する場所が障害されるとそこが狂う。

狂う。という言葉を山吹はゆっくりと飲み込んだ。確かに今主任が居なくなると、どうして良いかわからない。

山吹 薫
山吹 薫

自律神経もまた神経ですからね。動きが障害されると生活のリズムは崩れそうです。

石峰 優璃
石峰 優璃

それだけだったら良いのだけどな。心臓や血管も自律神経が支配するだろう?そのコントロールが出来なかったら?血圧を上げる事が出来ず、膀胱に過剰に尿が溜まる事で暴走する事もあるな?血圧は下がり続け、ひどい時には心臓の動きもまた鈍る。神経原性のショック状態を来す。

山吹 薫
山吹 薫

・・・それは本当に恐ろしいですね。

石峰 優璃
石峰 優璃

だから最初は集中治療室で厳重に循環の管理がなされた上でリハビリテーションを行う。まぁだからある意味安心なのだからな。そして頸髄の4番目は横隔膜を支配するから、そこの障害が個人的には勝負の分かれ目だと思う。

どういう事だ?と山吹は首を傾げる。いつか主任のリハビリを手伝うがてら見学が出来ないかと思う。しかし業務上それは難しいかと眉をひそめた。

山吹 薫
山吹 薫

それはつまりどういう事ですか?

石峰 優璃
石峰 優璃

ふふん。どういう事だと思う?首が障害されるとそれ以下の呼吸に関する筋肉や腹筋群も障害されるな?そして横隔膜、これは大きく息をするために必要だ。ただ息苦しくなるだけかな?

山吹 薫
山吹 薫

呼吸器合併症ですね。痰が出せずに肺に溜まり肺炎を来たします。

石峰 優璃
石峰 優璃

最悪の場合は上気道閉塞、喉に痰が詰まり重篤となる。それを防ぐのが呼吸器リハビリテーションと早期離床だよ。集中治療室や一般病棟でも、呼吸器リハビリテーションは患者の状態を良くする治療戦略の一つだからね。

思ったよりも遠くに主任は居るようだと山吹は思う。だけどもまだその姿がどれだけ離れているからは試した事はない。

山吹 薫
山吹 薫

つまりはまずは生命を維持できる状態のために、チームで介入するという事ですね。

石峰 優璃
石峰 優璃

そのために上気道の閉塞を予防しつつ肺炎治癒を遷延させないための呼吸リハビリテーションを行い、循環の変化を見極めつつ離床を行い、神経所見の精査と変化を評価し、栄養摂取の方法をSTと共に評価する。その結果余計な炎症を起こさずに、全身状態の安定を得る。まぁ理想を言えばそうだな。

山吹 薫
山吹 薫

なんというか、全部ですね。確かに障害される神経が大きくなればなるほど、そして頭に近くなればなるほど、考えなければならない事が多くなりますね。

石峰 優璃
石峰 優璃

そのためにまぁやる事は沢山あるのだけどな。

ようやく目が覚めたのか主任の瞳は大きく丸く朝日に包まれる。一度主任のリハビリを見学できないだろうか。ふむ。と山吹はその考えを心の中に置いた。

山吹薫の覚え書 29

・脊髄は中枢神経に分類されるが、神経の通り道の束が傷害される。広範な末梢神経障害と考えてもわかりやすいかもしれない。

・頸髄損傷では自律神経障害や呼吸筋の障害も大きく出る。よってまずは生命維持のためにリハビリを行う。

・今度主任のリハビリを見学しよう。

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』

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理学療法士。作家。つむぎ書房より『看取りのセラピスト』を出版。理学療法士としては、回復期から亜急性期を経て、ICUを中心に働き内部障害を中心に患者へと関わる。ご連絡はこちらからも→Xアカウント(旧Twitter)@tanakan56954581 他にも多くの小説ストックあります。

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