すっかり寒くなったっす。白波は大きく伸びをしながら休憩室への道を歩く。病院では温度は一定に保たれているはずなのだけど何となくそう感じてしまう。それでも過ごしやすいのには変わりない。
白波はさてと、と休憩室のドアを開ける。
お疲れっすー!
よぉ。久しぶりだな。
別にそうでもないだろう。
あー百合ちゃん久しぶりー!
なんとまぁ。と白波は目を白黒とさせる。なんだかお三方が勢揃いしていると何となく気が引けてしまう。
なんかお忙しいっすか?
別にそうでもないよ。
そうそう。こんなむさ苦しい所ですがどうぞー
お前らが遊びに来ただけだろう。
山吹はため息を吐いている。それはいつも通りなのだけれど、白波はなんとなく気になる。
じゃぁお言葉に甘えて・・・それで今日は何のお話をするっすか?
だから独学もまた必要だろうと何度も・・・
いいじゃないっすかー!それに独学もちゃんとしているっすから遠慮なく語るっす!
君の方こそ遠慮というものを・・・
と言いつつ山吹は文献を閉じて、笑みを浮かべる。憎まれ口はいつものことなのになんだかいつもと違うっす。と白波は体ごと首を傾ける。
それじゃ・・・創傷治癒というか、まずは炎症について話そうか。
なんでお前が話し出すんだ?
いいじゃんいいじゃん!オレらの仕事とは切っては切れぬ縁。それはまるでオレ達みたいじゃん?
縁は縁でも腐れ縁だろう。
それじゃぁ!是非是非聞かせてくださいっす!
それにしてもこの三人が集まるのは珍しい。一体どんな話をしていたのかもまた、なんとなく気になると白波は思う。
今日は特に賑やかだな。まずは・・そうだな・・君は怪我をしたことがあるだろう?
もちろんっす!小さい頃から何度もあるっすよー
因みに俺も怪我をした事がある。
オレもオレもー。心の傷も何度もあるよー
それは普段の行いだろう。そしてお前らまさか聞き手に回るつもりか?
進藤と沢尻は顔を向かい合わせて、互いに白波のように体ごと首を傾ける。すっとぼけてるっすね。と白波は笑みを浮かべる。
まぁ良いよ。とにかく物理的なストレスや侵襲、まぁなんらかの傷が身体に生じた時にそれを元に戻そうとする反応。恒常性(ホメオスタシツ)の一つでもあるな。
なるほどっすね。異常な状況を正常に治そうとするって事っすね。それで腫れたり熱を持ったりするんすね。・・・ってそれはあくまで正常な反応って事っすか?頭がこんがらがってくるっすね・・
そうだねー。まぁ炎症は異常事態が起きているサインで、炎症事態は体を治そうとする正常な反応って事かなー。
そうだな。まぁ運動が苦手で怪我をした事のない薫には分からんだろうが・・・
僕だった怪我をした事もある。運動だって苦手ではない
山吹はそう言って不機嫌そうに鼻を鳴らす。確かに運動が得意な風には見えないっすね。と白波は山吹を見る。
なるほどっすねー!傷を負ってもちゃんとそれを治そうとしているんなら悪い事ではないっすね!
捉え方にもよるがな。もちろん傷を負うだけではなく、感染によっても炎症は起きる。風邪を引いた時の発熱もまた炎症反応とも言えるだろうな。
もちろん病態が安定していない時、特に緊急入院の時なんかは殆ど最初は炎症症状の真っ只中にいる。
そして「だけども僕らは嫌われようともリハビリをしなければならない」・・っすよね?薫さん?
声色までは真似しないで良い。でも良く言われる事だ。今の時代は安静は毒だと言われているくらいだ、術後初日や入院直後でもリハビリは行う。といっても一般には運動のイメージが強いからな。誤解される事も多い。
確かに先輩も誤解されやすいっすよね。と白波は出会った時の事を思い出す。その時にはこんな気持ちになれるだなんて考えもしなかったと思う。
だけども治療の進行とともにリハビリを行っていかないと、悪戯に炎症の期間を延ばしたり、合併症の併発から結果として患者は苦しみ続けなければならない。だけどもその状態にもよるがな。
ふむふむ。まぁ運動療法と言ってもいろんな方法もあるっすからね。他にもどちらかというとケアに近くてもリハビリとして介入できるっすから。
だよだよー。だから看護師さんや介護士さん。もちろん主治医とも話しながらみんなで介入するんだよねー。
コミュニケーションの度が過ぎるやつもいるがな。
自分の事は語りたがらないから、何を考えているのか分からないやつもいるがな。
それはお前の事か?と尋ねる山吹に進藤は白波と同じように体を傾けてみせる。白波はいつもと違う休憩室の雰囲気を肌で感じる。なんだかこの中の一員になれたみたいで、嬉しかった
白波百合のノート 53
・炎症反応とは体を元に戻そうとする正常な反応で異常が起きているサイン
・炎症症状の渦中でも、いたずらに長引かせない。合併症予防のために介入を行う。
・なんだか今日は先輩がいつもと違う感じがする。
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