血管の話 その② 〜血が心臓に戻るための経路〜 【山吹薫の昔の話】

山吹薫の昔の話

ふぅむと山吹薫は額に手を当てながら、必死に今まで学んだ事を噛み砕いている。そして石峰優璃はそれを楽しそうに、そして悪戯っぽく眺めながら、黒い犬が描かれたマグカップを口元に当てる。インスタントコーヒーのどこか安っぽい香りが辺りに漂う。

山吹 薫
山吹 薫

そんなにインスタントコーヒーばかり一日中飲んで・・・良いコーヒーを教えましょうか?

石峰 優璃
石峰 優璃

それは有難いが、この方が時間を取られずに済むんだ。

山吹 薫
山吹 薫

全く・・・偶には時間にゆとりを持ってはどうですか?

考えとくよ。と石峰は答える。そういえばこの人が休んでいる所は見たことがないな。と山吹はそう思う。

山吹 薫
山吹 薫

ともかく血管の話の続きですね。大動脈や動脈によって運ばれた栄養は毛細血管を通って筋肉や各臓器の隅々まで繋がって行きます。

石峰 優璃
石峰 優璃

血管・・・と呼ばれるものの割合は殆どが毛細血管だからな。全部まっすぐに繋げたら地球を2周半は出来るらしいぞ。君はどこに行ってみたい?

山吹 薫
山吹 薫

家に帰ってコーヒーでも淹れたいですよ。ともかく細かい網目の様に広がる毛細血管は互いに閉塞しても良い様に吻合、まぁ網目を作るという事ですね。そうやって隅々まで広がっていきます。

石峰 優璃
石峰 優璃

ただし脳や肺、腎臓や網膜。内耳もだな・・・そこでは吻合は無いから覚えておく様に。脳や肺の循環についてはまた今度だな。

まだまだ続くのか。と思いつつちょっとだけ山吹は心が浮ついているのを感じる。報連相以外でこんなにゆっくり主任と話す事は普段は無い

山吹 薫
山吹 薫

そして毛細血管は内皮細胞。薄い一つの膜で出来ています。それはきっと細胞との代謝を円滑にするためですね。そして毛細血管は皮膚の表面にも巡ります。

石峰 優璃
石峰 優璃

そしてそこで別の役割も出てくる訳だ。体温調節だな。車でいうとラジエーターというのかな?外気に冷やされたり温めたりされる。寒いときには血管が収縮して温度を保つし、暑いときには逆に血管が広がって温度を逃す訳だ。

山吹 薫
山吹 薫

そしてその走行は神経にも及びます。直接という訳では無いのですが、そして心臓と動脈の弾性で運ばれた血液の圧力はこの毛細血管で著しく低下します。まぁ速度が落ちるとも言えますね。

石峰 優璃
石峰 優璃

その速度の低下が栄養や老廃物をやり取りする事には都合が良いからな。

石峰は恐る恐るといった風にゆっくりと黒い犬のマグカップへと口を近付ける。猫舌なのか?と山吹はその仕草を見守る。

石峰 優璃
石峰 優璃

まだ熱いな・・・そして毛細血管に十分に動脈血が・・・ここでいうと十分に赤血球が酸素と結合した血だな。それを確かめるには爪の色や瞼の裏、唇の色を確かめると分かりやすい。

山吹 薫
山吹 薫

チアノーゼや貧血が無いかを確かめるという事ですね。そして局所の炎症の時には熱を持ったり腫れたりもします。

石峰 優璃
石峰 優璃

局所に炎症が起きると体はそこを治そうとするからな。そしてそこで生じたサイトカインなどの物質、まぁ呼水みたいなものだな。それが毛細血管に作用して障害された場所への通り道を広げるんだな。

山吹 薫
山吹 薫

そして組織の修復が円滑に進んで、その結果腫れたり熱を持ったりするんですね。

そうそう。と石峰はもう一度マグカップに唇を近付ける。その透ける様な白い肌の中で唇だけが鮮やかな色をしている。

山吹 薫
山吹 薫

そして毛細血管で細胞に栄養を与え、逆に老廃物を受け取って次はその老廃物の処理を行わなければなりません。

石峰 優璃
石峰 優璃

静脈の話という訳だな。

山吹 薫
山吹 薫

そうです。静脈は多くは動脈とその道のりを同じく心臓の右上、右房へと戻ってきます。その頃には組織に酸素を受け渡し、その色は鈍い青色をしていますね。

石峰 優璃
石峰 優璃

他にも表在を走る静脈、腕でよく採血をする部分や足を上行する大小の伏在動脈、そして消化管からは肝臓へと静脈が経由するな。その部分は肝臓に入る門のようで、門脈と名前がついているからよく考えたものだ。

なぜか石峰は満足そうに腕を組んでいる。しかしよくこんなに楽しそうに話すものだと疲れ始めた頭の中で山吹はそう思う。

山吹 薫
山吹 薫

しかし静脈に至る時には心臓から出された圧力は殆どありません。なので筋肉が緩まり、そして収縮する心臓とは違うポンプ機能を用いて心臓へ血液を戻します。

石峰 優璃
石峰 優璃

それだけでは特に立っている時なんかは下に下に血液は落ちていくから、そうなら無いように静脈には逆流を防止する弁が付いている。そして多くの血液は静脈に存在しているな。

山吹 薫
山吹 薫

他にも血管自体の弾性や息を吸ったり吐いたりすることでも、心臓に血を戻す助けができますね。今までの経路は下から上り下大静脈へ、そして右胸の上の方で脳から戻ってきた静脈が上大静脈となり合わさって右房に入ります。

石峰 優璃
石峰 優璃

これでようやく心臓から出た血液の長い旅は終わったな。

そうですかね。と山吹は答える。略語や専門用語を使わないと長い話をしなければならないと思う反面、説明してみるとまだまだ不足している部分も目立ってしまう。これが意図なのか?と両手でマグカップを包み口に近づける主任を見る。

石峰 優璃
石峰 優璃

人に説明するとはなんとも難しいものだな。

山吹 薫
山吹 薫

それを今主任が言いますか?

石峰 優璃
石峰 優璃

よく言うだろう?インプットした知識はアウトプットする時に整理される。まぁこれだけでは足りないのだけどな。

山吹 薫
山吹 薫

どういう事ですか?

石峰 優璃
石峰 優璃

インプットした知識をタダ出すだけではなく、自分の経験や感情、他の知識を合わせてインプットした以上の事をアウトプットする事だな。あとは自分で考える事だね。新人君。

答えは言わないか。と山吹は肩を落とす。まぁいずれ分かる事だから良いのだけどな。と山吹は再び肩を起こす。さぁ話の続きだと主任が足を組み直すのが視界に入った。

山吹薫の覚え書 3

・毛細血管が血管の多くを占めており、各主要な場所へと栄養や酸素を運び、温度を調整し、老廃物を回収する。

・毛細血管から繋がる静脈は筋肉や呼吸のポンプ作用で心臓へと戻される。

・主任は猫舌らしい。

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事をを感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』

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