息切れの話 その①   〜息切れの正常と異常〜 

呼吸

西日の差し込む廊下はいつだって休憩室へと続いている。白波百合はいつもより時間のかかった業務が終わり、いつもの休憩室へと駆け込む。

白波 百合
白波 百合

先輩!お疲れ様っす!

山吹 薫
山吹 薫

君はいつになったら、ゆっくりとドアを開ける事を覚えるんだ。

山吹薫は読みかけの文献を気怠げに、背もたれに寄り掛かりながらデスクの上へ置く。いつものようで、でも昔とはちょっと違うような気がすると白波は思う。

白波 百合
白波 百合

なんすかー!忙しい業務を終えた後輩に労いの言葉も無いんすか?

山吹 薫
山吹 薫

まぁ急な仕事だったからな。ご苦労。

ふん。と山吹は腕を組んで片方の唇だけを上げる。これが愉快に笑っている表情だとは昔は知らなかったすねぇ。と白波はしみじみと感じて山吹のデスクの隣に腰を下ろす。

白波 百合
白波 百合

それで、今日は何を話してくれるんすか?

山吹 薫
山吹 薫

またいきなりだな。そうだな・・・君は今なぜ息が切れている?

白波 百合
白波 百合

なぜって、急な新患対応と書類の処理に追われてたからっすよ?

山吹 薫
山吹 薫

それもそうだが、じゃぁ息が切れるとはどういう事だ?

ふむ。と白波は腕を組む。すっかりと習慣になったこの質疑応答もまた、慣れてしまえば楽しいものだと白波は改めて思う。

白波 百合
白波 百合

それは、普段と違って息がはーはーとする事っすよ?

山吹 薫
山吹 薫

何を不思議そうに首を傾げているんだ。まぁ息切れとは普段の呼吸の数が何らかの理由で速くなり、呼吸の多さを自覚する。もしくは不快感を感じるような事だよ。

白波 百合
白波 百合

確かに普段呼吸の増減はあまり自覚しないっすからね。いやぁ最近運動不足で・・・

山吹 薫
山吹 薫

まぁ確かに普段より多くの運動をする事によって、体は日常生活より酸素を求めて呼吸数は速くなる。ならばそれはどういう事だろう?

山吹は再び文献に視線を落とす。先ほどから白波からは態とらしく視線を外しているようにも思える。まぁその理由も分かるんすけど、と白波は頬を僅かに膨らませる。先輩が気が付かない様に。

白波 百合
白波 百合

まぁ年中文献を読んでいる先輩には分からないかも知らないっすけど、定期的な運動をしていないと、いつもと同じような運動をした時に息が切れるっす。

山吹 薫
山吹 薫

まぁそれはどうかと置いておいて、加齢や運動機械の減少している状態で、ふといつもより激しい運動をした時に息が切れる。それは誰もが経験する事だな。ならばそれは異常なのかどうか。という事が大切になる。ちなみに君は学生時代にスポーツはしていたのだろう?その時に比べて今の体力はどうだ?

白波 百合
白波 百合

加齢だなんて乙女に使う言葉では無いっす!確かに陸上で走りまくってた学生時代と比べると確かに体力は落ちているっすけど。

山吹 薫
山吹 薫

ふむ。ならばそれは異常なのかな?

ふむと白波は腕を組む。確かにそう言われると一概に息が切れるといっても今のそれが正常か異常かはわからない。

白波 百合
白波 百合

それは・・・でも体力は落ちていても正常の範囲内と思うっす。

山吹 薫
山吹 薫

それは・・・どうしてだろう?

白波 百合
白波 百合

なんか漠然としているっすけど、日常生活に不自由が無いっすからですかね?

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。何事もまずは基準をどこに持ってくるかが大切だ。そして今の僕たちは医療現場で働くセラピストなのだから、基準をまずは日常生活に持ってこよう。普段行っている当然の事が行えなくなってきたら、勿論それは異常だ。正常では無いのだったらそこに原因がある。それを僕らは考えなければならない。

山吹は白波に向き直る。デスクの奥には色の燻んだ黒猫のマグカップが置かれている。先輩の昔話に出てきた黒猫のマグカップだ。

白波 百合
白波 百合

確かに漠然としてしまう事こそ基準は必要っすね。そう考えるとわかりやすいっす!

山吹 薫
山吹 薫

分かり易い以前に状態の把握が容易くなる。そして息切れには勿論、加齢や運動不足といった個人因子が多大に影響をする。精神的な因子だってそうだ。しかしその背景に何らかの疾患が隠れている場合も多いから重要な症状の一つだとも言える。

白波 百合
白波 百合

うへぇ!?自分、なんかの病気なんすか?

山吹 薫
山吹 薫

そんなに終始動き回っておいてそれはないだろう。

なんすかー!と口を尖らせつつ白波は動悸を感じている。そしていつものように振舞えているのか、それが少し心配になった。

山吹 薫
山吹 薫

ともかく異常な息切れ、もとい何らかの疾患の進行が内在する場合には、先ほど話した異常な状態という事が続く。

白波 百合
白波 百合

基準を普段行っている自分の日常生活にすると、普段行っている事が出来なくなるって事っすか?

山吹 薫
山吹 薫

それに関しては他の症状とも同じだね。まずは周りの人と同じ速度や階段、坂道といった場所で息切れがする。勿論普段行っている場合にだが。そして息切れのために休み休みでしか歩けなくなる、そしてやがては普段行っている会話や着替えといった日常生活も著しく障害される。そうやって徐々に息が切れるために、つまりはその呼吸困難感のために普段行っている事が出来なくなる。これはHugh-jonesの分類や修正MRCのスケールがよく使われるから調べておくように。

白波 百合
白波 百合

なるほど。確かにそう聞くと息切れって普段聞く言葉に慣れてしまう事はちょっと怖いっすね。

 

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。そしてそこには、肺炎や心不全といった恐ろしい兆候が隠れているから。まずはそうだな・・・呼吸がどういうものかを学ぼうか?

うっす!と白波は山吹に敬礼をして見せて、山吹はなんだと眉を顰めている。西日が深く差し込むこの休憩室はいつものように穏やかな時間が流れている。だけどもどこか心は浮ついていると白波はそう思った。

白波百合のノート 74

・息切れの正常か異常のラインは普段行っている生活である。

・普段行っている生活で、息が切れてしまってそれに不自由さを感じていたら何らかの疾患の兆候かもしれない。

・自分は普段通りに振舞えているっすかね・・・

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。

【これまでの話 その①】

【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】

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tanakannaika|note
理学療法士でパーソナルトレーナーなブロガーです。また動画編集や過去には脚本執筆や演出、撮影、編集など多岐に渡って活動しておりました。楽しみながら学べる『内科で働くセラピストの話』を執筆中。

ちなみに千奈美さんの第一話はこちらから

その1 『伝えたいことを思い出せない』|tanakannaika
ここはとあるクリニックのリハビリ室。そこには僕こと、高橋を含めた4人のリハビリスタッフがいる。そしてそこの主任は千奈美さんであるのだ。 瞳と同じくらい小さな整った丸顔で、それに合わせて栗毛が緩く巻かれている。 そして業務の終わり、僕は千奈美さんから呼び止められた。 「高橋くん高橋くんちょっと待ってー!」 「そんな...

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