離床の話 その③ 〜何を考えながら離床を行うのか〜

バイタルサイン

山吹は窓の外を眺める。随分と日も短くなってきた。

季節はまた変わるのかとウンザリとする。だけども季節が移り変わる様に、後輩もまた変わっていく。そう感じた。

山吹 薫
山吹 薫

ざっくりだけど離床の必要性は理解できただろうか?

白波 百合
白波 百合

それはもちろんっすよ!せん妄を予防し、筋力低下を予防し、心肺機能の維持向上を図るんすよね!あと新たな肺炎や深部静脈血栓症みたいな合併症を予防するっす!

山吹 薫
山吹 薫

ふむ。そのために必要な事は・・・

白波 百合
白波 百合

急性期でなくても、チームで同じ認識を持って、早期離床のために互いの専門性を生かして協力するっす!

ふむ。と山吹は頷く。白波がここまで成長するとは思わなかったし、多分、他のセラピストと同じ様に学ぶ事に飽きて此処に寄りつかなくなる。最初はそう思っていた。

山吹 薫
山吹 薫

しかし何も考えずにただ離床を進めるといった事はやってはいけない。もちろん何も考えずに離床を進めないという事もまたやってはいけない。さて何をしようか?

白波 百合
白波 百合

患者さんの客観的なデータからリスクを予測するんすね?

山吹 薫
山吹 薫

ほう。例えばどんな事だ?

白波 百合
白波 百合

えぇと・・・電解質の異常は無いことや、あと抗凝固療法を行っている時にはPT-INRやAPTTの検査値を確認して正常値より高い事を確認するっす。もちろんDダイマーが上がっていない事で血栓がない事BNPが増加傾向で心不全が進んでいない事も確認するっす。身体負荷で心不全を進めたらダメっすもん。あと腎機能や肝機能も一緒にチェックっす!

細い指を折りながら白波は学んだ事を話している。それを山吹は目を閉じたまま聞く。不思議な気分だった。

山吹 薫
山吹 薫

うむ。そして白波くんがリハビリに入るとする。そしたら何を考える?

白波 百合
白波 百合

えぇと・・・先ずはレントゲンで肺炎の位置や心臓が異常に肥大していないかを確認するっす。もちろん心電図もチェックっす!運動負荷で致死的な不整脈になったらダメっすから。もし意図せずなったらまず人を呼ぶっす!

山吹 薫
山吹 薫

ふむ。そしてどうする?

白波 百合
白波 百合

まず声かけで意識障害の有無を確認しながら、声の性状から気道の状態聴診と呼吸状態から呼吸の状態をチェックっす!そして血圧や脈拍のバランスから循環動態をチェックしてそれを踏まえてSPO2を確認するっす!呼吸や循環の仕事量が増えてないかを確認っすね。そしていつもと違う、ヤバイって思ったら看護師さんや先輩に相談するっす!

山吹は黙ってその返答に頷く。どんなに指導しても一方通行になる事は今まで沢山経験した。自分が後輩指導に向いているとも思わなかったし、仕事だけども面倒だと考えていた。

子犬のように尻尾を振る白波を見ていると、決して悪い事だとも思えなくなるから不思議だ。

山吹 薫
山吹 薫

ふむ。それに加えて事前に患者がどれほどの身体機能を残しているかの確認も必要だ。

白波 百合
白波 百合

MMT(徒手筋力測定)っすね!自分らの専門っす!

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。多少の慣れも必要だが、単純に寝たまま足を上げられるか、お尻を持ち上げられるか、両手を挙げて、手を握る力はどうか?これだけでも簡単にどれだけ力が残っているかは分かる。あくまで予測だけどな。

白波 百合
白波 百合

スクリーニングって事っすよね。でもそればっかりは実際見ないと分からないっすよね。

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。だからいきなり最大能力では無く、多少過剰な介助でも行う事が必要だ。意図せずに転倒、転落する事もまた起こりうる。

はいっす!と白波は敬礼のポーズを取っている。全く、と山吹はため息を吐く。よくもまぁこんなに素直に人の話を聞けるものだと思う。

山吹 薫
山吹 薫

そして必ずしも離床したら状態が改善する。という訳でもない事は憶えておかなければならない。肺炎や心疾患、他にも敗血症など、ショック状態に陥るリスクが高い時には積極的な介入は難しい。

白波 百合
白波 百合

生命の危機ってやつっすよね・・・

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。特に循環動態が安定しない時には様子を見る必要がある。これは主に超急性期の話だけど、他の病棟でも起こりうる。よって疾患の理解は十分に行う必要がある・

白波 百合
白波 百合

疾患学習ってやつっすよね・・・覚える事はたくさんっす!

それも教えなければなと山吹は思う。まだまだ教える事は沢山あるし、僕が学ばなければいけない事も沢山あるとも思う。

山吹 薫
山吹 薫

それで一番やってはいけない事はね、セラピストの一存で離床を行わない事だ。チームで状態を共有して離床を行う。

白波 百合
白波 百合

それはもちろんっす!まぁ先生が大丈夫って言ってるんだったら大丈夫っすよね。

山吹 薫
山吹 薫

多くはそうだけど、流動的に状態が変動する事もある。万が一ではあるけれどその時のために学ぶ事は悪くないよ。

白波 百合
白波 百合

うっす!これからもよろしくっす!

山吹 薫
山吹 薫

だから自主学習も必要だとあれほど・・・

えへへと、表情を崩して笑う白波を見てまぁ良いか。と山吹は思う。少なとも白波がやろうとしている事は分かる。転棟後に急変した自分の患者を良くしたい。患者のために、その家族のために、そして自分のために。

山吹はため息を吐く。余計な事だが、でもまぁ悪い気分はしない。そう思った。

白波百合のノート 41

・客観的なデータを用いてリスクを予測しながら離床を行う。

・バイタルサインを確認しつつ離床できるかの確認を行う。

・循環動態が安定していない時は注意する。だけどリハビリスタッフの一存で離床の可否を決めない

・今日の先輩ななんだか嬉しそう。何もしていないのに不思議だ。

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