それは昔のリハビリ室の話、すっかりと人の気配が消えたリハビリ室には遠くでサイレンの音が響く。そして石峰優璃と山吹薫は隣り合わせのデスクに座る。いつもと違うのは石峰はカルテでは無く買ったばかりのスマートフォンを覗いている。という事だ。
しかしどうして、このスマートフォンとやらは便利なのだろうな。次々と有用な情報が出てくるではないか。
むしろ此のご時世でどうやって文献を集めていたのかが不思議ですよ。それよりもこの外傷の新患さんの事なんですが・・・
どれどれと石峰は山吹のカルテを覗き込む。ふわりと揺れた線の細い黒髪が僅かに触れて、山吹は思わず身を固めた。
ふむ。ならばこの方のブログが役に立つな。yusuke先生の【柔道整復師は必修。骨折の治癒過程。】という記事だ。白と黒との文献に書かれているはずのしっかりとした内容を、随分と分かりやすく纏めてあるのだよ。
なるほど。骨折の方の治癒過程についてですね。教科書では学びましたが、なるほどこう纏めてあると分かりやすいですね。
職種を超えて学んで置かなければいけない基礎の基礎だな。ふむ。やはりこのスマートフォンはやはり便利なモノだ。
それは誰もが見たことのある基礎の話。だけどもそれ故に大切な治癒過程をシンプルに、かつ誰にとってもすんなりと頭に入りやすい様に纏めてあるな。と山吹は思う。
ここにもしっかりと書かれているが、保存療法であっても術後であっても仮骨の形成が一つのキーワードになる。骨折部位にもよるが、これに合わせてリハビリも治療も進んでいくのだからその理解は必要だ。
たしかに関節拘縮や筋力低下を起こしたくない事に気を取られてしまうと変形治癒や、最悪の場合骨折の治癒が十分ではなくなる偽関節をいたずらに作ってしまいますからね。
他にもこの治癒過程を進めるのは患者様の栄養状態だったりもするし、元々骨粗しょう症や加齢などで骨がスカスカだと、術後においてもボルトが緩んだり、骨折線がスライドしてしまうなど危険なことも多い。ちゃんと理解していなければだがな。
なるほど。と山吹はそのページから移動し、リハログの一覧ページもまた覗いてみる。基礎的でありそして重要な知見や柔道整復師、理学療法士などその枠を超える知識が並んでいる。様々な視点で描かれる記事は、職種の壁を超えた新たな知見を与えてくれる様な気がした。
しかしこのyusuke先生は凄いですね。どれほど努力したらこの三つの資格を獲得して、それぞれの知識を応用することが出来るのでしょうか。
私はずっと理学療法士だから想像も付かないがな。だけどもそれ故に私達だけでは分からない事実に気が付く事もあるだろうな。是非参考にさせて頂こうか。
石峰はその言葉の最後に、ふふんと足を組み直し山吹を正面に見据える。何事かと思う山吹に口角を薄く広げ少女の様な笑みを浮かべた。
治癒の最終過程はリモデリングされた骨が順応していく事だから、常日頃私に心を折られている君の心もまた、リモデリングされて強くなっているのだろうか。
えぇいつもながらありがとうございます。ですが今度からは僕の心がリモデリングされるのを待ってくれませんか?
それはどうかな?と石峰は再び笑みを浮かべた。全くこの主任は、とため息を吐きつつ、山吹は再びそのブログに視線を落とす。そしてもっと勉強せねばなと思った。
【これまでのあらすじ】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
【これまでの話 その①】
【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】
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