沢尻 悠の戯れ言 その① 〜病棟における情報収集の基礎〜

総論

休憩室を出ると沢尻は大きく伸びをする。

今日は良いことしたなぁー

大きく吸い込む病院の空気は独特の香りを保っている。

薫さんが何やら怒っているらしい。その情報は病棟の看護師から教えてもらった。

情報収集も自分からではなく、相手から教えてくれるようになると格段に楽になる。それは病棟との関係性の問題であって技術の一つだと沢尻は思う。

一方的な情報収集や提供ほど受け入れられないものは無い。

先生と呼ばれることもあるけれど同じ人だしそんなに偉くも無い。

だからこそコミュニケーションも技術の一つだと思うし、自分はそれが取り柄だとも思っている。

それに可愛い看護師さんから色々教えてもらう方が楽しいしねーとも思う。

話を聞いてみて、なるほどなぁと感じたのはきっと薫さんの下で学んだことがあるからだろう。

医師の指示があるのにも関わらずにその人の離床は滞っていた。

それどころかリハビリできる状態では無いとセラピストが判断して、リハビリを行っていない日すら有った。

沢尻はため息を吐く。

運動療法も処方されるのだから用法と用量とメリット、デメリットも存在する。それも分からずに処方する等恐ろしい事はやめておけ。指示があるのに処方しない事はもっとダメだ。

薫さんが真っ先に教えてくれた言葉で、その口調は薫さんもまるで誰かから教えてもらった。

そんな風に思える。

沢尻は百合ちゃんが、ふんふんと頷きなら尻尾を振るかのように、コロコロと笑う姿を思い出て笑みを浮かべる。

後輩の指導方法も色々ある。熱心に講義をするのも一つ、自分の働く姿を見せるのも一つ。自分の場合には後者だったなー。と沢尻は思い出した。

喧騒の中で悠然と働く薫さんは確かにカッコ良かったし、看護師や医師と対等に話すその姿は憧れた。

その反面・・・沢尻はニヤけた笑みを浮かべる。

基本的に不器用で実は優しいくせに表にそれを出さない上に、誰よりも生真面目で神経質だ。

そして自分の目的を追い求めるばかりに周りに目が行かない。周りから人が徐々に離れて行ってもそれすらも容認している。

正直、百合ちゃんが薫さんの下に付くのは不安だった。

当然、情報屋を自負する自分としては百合ちゃんの事も知っている。

純粋無垢なような抱えるものもまた大きい。

急変した患者が薫さんが回復期病棟に送り出した患者で、その相手が昔百合ちゃんが笑顔を失った原因のプリセプターなのだから因果なものだと沢尻は考える。

全く困った先輩と後輩を持つと苦労するなー。まぁ面白い事に事欠かないことは何よりだけれど。

当面は、その急変した患者さんの離床をしっかりと進めるのと、百合ちゃんにそれをやってもらうための言葉には出せない根回しをしなければならないと沢尻は思う。

そうでなければ、患者さんは当然として、ずっと百合ちゃんは無理をし続けるだろうし、それを気遣って薫さんも悩み続けるだろうから。

全く困った先輩と後輩を持つと苦労するなー。と沢尻は再び大きく伸びをする。

今度、進藤さんの店でたらふく奢ってもらおう。そして百合ちゃんの友達も是非とも連れてきてもらおう。そう思うと俄然やる気が出てきた。

よし!掲げた両手は西日に当てられ影を大きくと広げていく。

反響した声に遠くで看護師が眉を潜めるのが目に入り、沢尻はヒラヒラと手を振った。

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