すっかりと夜は更けている。
がちゃがちゃと週末の町並みは、極彩飾のネオンで彩られる。
とある居酒屋に白波は辿り着く。ここは新人の頃からすっかりとお馴染みの場所だ。
ごめん遅れたっす!
お疲れさん。
おつかれー!
そこには上代が椅子にもたれて座っている。その隣には、坪井咲夜(つぼいさくや)がテーブルに突っ伏して頬を膨らませていた。
小さく整った顔のパーツと細い髪。小動物を思わせるその姿は白波の抱く女子の姿そのもので、正直羨ましい。
遅いやん!も~。めっちゃ待っててんで!?
私らも今来たところだろう。
せやけどさ~。
新人の頃から変わらない二人に、白波は笑みを返してテーブルに着く
さてと。食べて呑んで歌って日頃のストレス発散っす!
さんせー!!
ここで歌うのはマズイだろう。
ええてええて。と坪井は手をフラフラと振る。
そして一通り注文を済ませると、程なくして黄金色をした液体が並々と注がれたジョッキが三つ、目の前に並ぶ。
ほな日頃のストレス発散のために乾杯ー!
乾杯っすー!
また呑み過ぎるなよ。そんなにお酒強くないんだから。
大丈夫大丈夫!と白波と坪井は同時に親指を立てる。
全く・・・と、上代はジョッキを口元へと運ぶ。
せやけどなー。最近業務後にコソコソ何してるん?
そりゃもう勉強っす!常に上を目指すっす!
男前の先輩と二人でな。
なんやと!
坪井はバン!とジョッキをテーブルに置き、頬を膨らませる。
頬はすっかり上気しており、視線は泳いでいる。
咲夜ちゃん達が日頃の業務に振り回されている間に、アンタは一人いけしゃあしゃあと・・・
そんな事はないっす!勉強っす!
おいおい。呑み過ぎないようにと言っただろ・・・
白波の白い肌もすっかりと紅い。上代は次々とジョッキを空にしながら、いつもの光景に目を細める。
徐々に管を巻き始める坪井と、何だか楽しそうに学んだ事を話す白波。まぁこれもいつもの事だと上代は、再び幸せな黄金色をした飲み物を注文した。
時間は緩やかに流れる。そして今日もまた休憩室には西日が差し込む。
その温度は増していき、山吹は煩わしそうに目を細めた。
おつかれっす・・・・
どうした?そんな顔をして。
白波の表情には普段と比べて影が深い。また何かやらかしたのかと山吹は眉間に皺を寄せる。
・・・どうかしたのか?
いやぁ昨日友達と盛り上がりすぎて・・・
ただの呑み過ぎか・・・
患者さんの前で平静を装ってた分、その反動が今に・・・
それは偉いがな。と山吹は答える。確かに目元はいつもよりも暗い。
今日は休みにするかなと、山吹が口を開こうとした時、再び休憩室のドアは開いた。
失礼します。百合!あんた文献を病棟に忘れてる。
あ~ありがとうっす。って一番呑んでた葉月が何でそんなに元気なんすか・・・?
ん?別にビールしか呑んで無いからじゃない?水みたいな・・・
・・・そういうものっすかね?
両肩を垂らして項垂れる白波の向こうに、見慣れない人が立っていると山吹は首を傾げる。どこかで見た事もあるような気もする。山吹の視線に気がついたのか上代はぺこりと頭を下げた。
初めましてではないですけど、白波の友人の上代と申します。
これはご丁寧に。ついでにこの生き物を連れて帰ってくれると助かる。
どんな言い方っすか!今日も頑張るっすよ・・・
白波は項垂れたままに右手を上げる。山吹と上代は同時にため息を着く。
・・・連れて帰りますね。
その方が良さそうだ。
行くよ。と白波に上代は手をかける。その時、手渡す文献に『肝機能障害低下の要因』と書かれているのが目に入った。それを目にして上代は自分の担当患者の事を思い出す。
山吹さんは確か内科関係にお詳しいと聞きましたが?
詳しいかは分からないけれど、この生き物にはよく教えているよ。
だからどんな表現っすか!めっちゃ頭いいっすよ。嫌味っぽいけど・・・
一言多いって。ならちょっと聞きたいことがあるんですが。
ふむ。と山吹は一度頷く。そしてチラリと文献に目をやると、そういう事かと頷いた。
肝機能についてかな?
はい。担当患者さんのデータが下がっていると聞いて、それがどういう事かなと。
きっとウチもやられてるっす・・・
まぁこの生き物は置いておいて、データが下がっているのか、上がっているのかの確認が必要だね。そして肝機能関連するデータはいずれも逸脱酵素と言って一部を除いてデータが上がるのが問題だ。データが下がるのは表現の問題でもあるから。
・・・・もっと詳しく聞いてもよろしいですか?
うん。と山吹は答える。項垂れる白波と、その隣に腰掛ける上代の姿に窓の格子が影を作った。
白波百合のノート 22
・データが下がる。というのは表現であり、実際は数値が上がっている表現でもある。
・肝機能を表す数値は逸脱酵素と呼ばれる←これはまた聞こう。
・調子に乗って呑み過ぎない。
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