これは思わぬ僥倖でしたわね。と桜井玲奈は心の中で両手を握る。正直、あの休憩室で無いのが残念でしたけど。と白波百合に一度視線を振って正面の進藤守に視線を戻す。
それで、お話の続きなのですが、一概に脱水症といっても様々な種類がある事は分かりましたわ!なら私(わたくし)達は何をしたら良いのでしょうか?
そうっすねぇ。やっぱり予防は大切だと思うっすよ。それにやっぱりその予兆というか、早期発見も必要だと思うっす。
そうだな。それにはまずはどうして起こりやすいかを考えなければならないな。もちろん出血性のショック等はまた別として、よく見る脱水症を考えていこうかね。
そう言って進藤は再びとろみ茶を口に含み何やら考えているようだった。この人も随分と変わっていらっしゃいますわ。と桜井は首を傾げ、目の前のとろみ茶を口に含む。もうちょっと良いお茶の葉を使えばよろしいのに・・・と舌の上で転がす。
やはりよく見るのは体内の水分が顕著に低下した、高張性の脱水だと俺は思うよ。高齢になるとやはり若い時のように食事は取れないし、それに合わせて水分も取れない事も多い。嚥下機能障害があったら特にそうだな。とろみ茶はそう何杯も飲めない。
それはもう・・・身を持って体験しているっす。
えぇ・・・確かにそう何杯も飲めるというものでもありませんわ。でも、もっと美味しく出来るとも思いますの。
そういう取り組みをしている所もたくさんあるよ。だけどもコスト面もまた問題になるから難しい所だな。そしてそもそも喉の渇きに気が付きにくくなる事も問題だし、頻回にトイレに行かなければならないから、水を飲まないという話もまたよく聞く。そしてその状態にやがては慣れてしまう。
やっぱり薫様の御同期であるらしくやたらと賢いですわね。と桜井はふむふむと感心する。それに昔から一緒だなんて何て素晴らしい御友情でしょうとなんだか胸が熱くなる。
そして薬の影響も大きい。例えば利尿剤だ。これは心臓への負担を減らす目的で使われる。よってもちろん排尿の回数も増えてしまう事が多い。だけどもそれは、より重篤な疾患を引き起こさないために必要な事だな。
ふむふむ。体の中の水分が増えて、それによって血液量が増えてしまうとそれを体の中を巡らせるために、心臓もまた沢山働かなければならないっすからね!
確かに難しい所ですわね。それで心臓のご病気が進んでしまうと元も子もありませんわ。
それもまた特に入院中において俺らは把握しなければならない。in-outバランス、まあつまりは体の中の水分量はそのまま運動負荷を決める時に貴重な要因となる。体の中の水分、もとい血液量が変動する中で何も考えずに運動を提供するのは危険だと思うよ。
確かにそうですわねと桜井はそう思う。普段は病状が安定している回復期病棟にいるためか、疾患の進行や変動に対して、多くはないけど無頓着な同僚も目に付いた。正直腹が立っていた。
溢水、まぁ水分が過度に体に貯留する話はまた今度だな、その反対に脱水の話をしようか。簡単に言うと体の中の水分が失われているから、つまりは体の瑞々しさが減少する。
うっそれはあまり聞きたくはない言葉っすね。
乙女にとっては重大な問題ですわ!
まぁ君らは大丈夫そうだが、本来湿潤しているはずの部分が乾燥している。それは高齢者にとっては重大な問題だと俺は思うよ。例えば腋窩、脇の下の部分。そして何よりも口の中だ。普段生活している中で口の中が乾燥するだなんて経験した事はないだろう?その前に何か水を飲むはずだからな。だけどもそう出来ないと徐々に口の中の水分は乾く。その時点で脱水症を疑わなければなら無いと俺は思う。
そんな中にいたからこそ一人で勉強したんですわね。と桜井はそう思い出す。・・・だからこの白波さんの事が嫌いになれないのですわねと仕方なく笑みを漏らす。
それに口が渇いていると食事も更に美味しくなくなる。そして経口摂取量が減るとより脱水は進む。そして問題は乾燥に伴い痰も硬くなる。硬くなる。咳をしても上手く口の外に出せなくなる。
それは怖いっすね。普段なら大丈夫っすけど、そこまで高度の脱水症になられる方は、中々身の回りの事を自分で行えない方も多いっすから・・・
そうですわね・・・御自宅だけではなく入院中だってそうですわね。重症の方は特に注意しなければなりませんわ。
そうだな。それが原因で肺炎が進行したり、最悪喉に詰まるといった事は避けなければならない。定期的な飲水が必要だが、それが出来ない人もまた多い。だけども何らかのサポートを受ける環境下であったなら、相談しながら口腔ケアの方法を学んだり、室内の湿度や温度に気を配る事もまた必要になってくる。
白波が1年目の時に重症患者様のリハビリを巡って、プリセプターと仲違いしたのは知っていた。それは後々だけども、このポヤンとした子にそんな気概があったのは正直驚いたし、感心もした。
そして可能であれば当然だけど飲水の習慣をつける事だね。普段の食事に加えて1.6L前後必要だ。これはコップ一杯200mlを計8杯飲む計算になる。それを1日で日割りしながら習慣付けるの良い。もちろん日中の活動性に合わせてだけどね。
ふむふむ。とても大変そうっすけど・・・それでも普段からの習慣が大切っすね!何事も!
そうですわね!周りの人以外にも私達が入院中に指導する事もまた大切ですわ!
そういう事だねと進藤は笑みを作り、はい!と白波は右手を上げる。それを見て桜井はまぁ・・・何にしてもあの薫様と同じ病棟で働いているのは許されざることですけどね!と片方の眉を上げた。
白波百合のノート 88
・体の中の水分には常に気を配る!治療初期は水分の量が変動するっすから要注意!
・普段からの予防が大切っす!飲水の習慣をつけたり、口の中が乾いていないかは特にチェックする!
・玲奈ちゃんの視線が優しくなったり怖くなったり・・・変動が激しいっす・・・
【これまでのあらすじ】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
【これまでの話 その①】
【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】
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