脱水症の話 その①  〜一つでは無い脱水症の要因〜

熱中症

仕事終わりの廊下には西日よりも明るい太陽が山間に未だ鎮座し、日中と変わらずに辺りを照らしている。白波百合は文献を両手に抱えて廊下を歩く。その曲がり角で桜井玲奈にバッタリと出会った。

桜井 玲奈
桜井 玲奈

あら白波さんこんな所でどうしたのかしら?まさか・・・今日も休憩室でお勉強会ですの?

白波 百合
白波 百合

あっ!玲奈ちゃん!今日はちょっと先輩の代わりにお使いっす!もし良ければ玲奈ちゃんも一緒にどうっすか?

そうね・・・と桜井は一瞬悩んだ後に!旅も道ずれですわ!と頬を僅かに上気させてそう答える。相変わらず可愛らしい子っす!と白波は笑顔になった。そうして共に進藤守のいる言語聴覚士室のドアを叩く。

進藤 守
進藤 守

おう。わざわざすまんな!薫に頼んだはずなんだけど

白波 百合
白波 百合

先輩なら休憩室の空調が壊れた関係でへばっているっす!

桜井 玲奈
桜井 玲奈

あら・・・薫さ・・・山吹さんなんてお可哀そう。

進藤 守
進藤 守

心配しなくても良いよ。奴はこの時期はいつもこうなんだから。まったく誰に似たんだか、まぁ脱水症にでもなっていなければ良いがな。

そう言って進藤は試供品だと言って二人にとろみのついたお茶を出す。またっすか・・・と白波はそれを口に運び、桜井は両手を膝に乗せたまま眉を顰めている。

桜井 玲奈
桜井 玲奈

これは・・・どういう事ですの・・・?

白波 百合
白波 百合

まぁまぁ。この時期はとにかく水分補給が大切っす!それに偶には患者様の気持ちも体験する事も必要っす!

進藤 守
進藤 守

その通りだな。というか余っていただけだが。まぁこの暑い時期には熱中症と共に脱水症が増えるからな。それについてはどれだけ知ってる?

桜井 玲奈
桜井 玲奈

えぇ。脱水症とは体の水分・・・いえ体液が減少し、不足した状態のことを言いますわ。それでも立ちくらみがしたり、多くは熱中症と同じように症状は進行し、酷い時には意識を失ったりしますの。

ほうと白波と進藤は口を揃えてそう呟く。やっぱり玲奈ちゃんは頭が良いっす!と白波は出された、とろみ茶を口に含む。

進藤 守
進藤 守

そうだな。この夏場に救急搬送される病因の多い理由の一つだ。熱中症と同じように特に高齢者に多い。普段の水分摂取量が減っていたり、食事量が減っている事も大きな要因の一つだし。それに加齢と共に気が付きにくくなるという事もある。よって例え入院中でも俺らが気を配る必要がある。そして水分は普段はどう代謝されているだろうか?

白波 百合
白波 百合

それは食事や飲み水、あとは代謝の過程でできる代謝水によって体の中の水分は補充されるっすね!そんで排尿や排便、そして皮膚の不感蒸泄・・・これは汗では無く皮膚から空気の中に溶けていく水分みたいなもんっすかね。これで上手いことバランスが取れているっす!

桜井 玲奈
桜井 玲奈

それだけではございませんわ!当然運動したら発汗によって蒸発もいたしますし、水分以外にも塩分やカリウムといった大切な電解質も主に腎臓の代謝によって調整されていますの!

進藤 守
進藤 守

ふむよく勉強している。つまりはそれらのバランスが崩れる事により脱水症、よくよく熱中症とオーバーラップするがそれが生じる。そして脱水にも種類があるのは二人は知っているかな?

進藤もまたとろみ茶を口に含んで何やら考え込んでいる。白波と桜井は二人揃って首を傾げるのを見て、進藤は僅かに笑みを浮かべる。

進藤 守
進藤 守

そうだな。多くは細胞外に存在する水分とナトリウムの比率でイメージすると良いかな。水分が減ればベトベトとして張力が上がる。逆にナトリウムが減ればサラサラとして張力は下がる。それを踏まえてまずは等張性脱水だな。これは二つが等しく減少する事により起こる。これは出血性のショックや、体の血管の外に過度に水分が溜まる・・・過度な浮腫や腹水の貯留だな。よって全身性の炎症でも生じる。これは集中治療室でよく見るな。

白波 百合
白波 百合

進藤さんは昔先輩と一緒に救急科にいたんすもんね!

桜井 玲奈
桜井 玲奈

あら!そうなんですの!山吹さんと昔からご一緒でしたなんて、なんてお羨ま・・・いえ随分と仲良しなんですのね。

進藤 守
進藤 守

唯の腐れ縁だよ。そしてこれは頻度が多い割には重篤な状態な事を良く経験したよ。それは例えば高エネルギー外傷、まぁ事故だな。それによって著しく血液が失われている事も多いし、高度の熱傷、他にも重篤な心不全や敗血症が重症化し全身性の炎症を起こしている事も多い。その際には大量輸液という方法も取られるから、脱水症に合わせて体内の水分量はダイナミックに変化する。よってそれらを把握しつつ離床したりするんだが、そこらへんの話は長くなるからいつか薫にでも聞いてくれ。

ほぉ・・・と白波と桜井は口を開けてそう呟く。やっぱり二人の昔話はもっと聞きたいと思う。そのお話の中で二人は随分と生き生きしていたっすね。と笑みをこぼす。

進藤 守
進藤 守

そして低張性の脱水。これはさっきの考え方でいうところのナトリウムの喪失が主体だ。これは副腎の機能不全や輸液によるバランスの変化による所が多いな。そして高張性脱水、これはここの一般病床でもよく見るかもしれない。今までの事を踏まえて言うなら、これはどういう事かわかるかな?

白波 百合
白波 百合

えぇと水分がナトリウムより減っていて、血がベトベトとして高張性っすから、、、水が喪失が主体という事っすよね!

桜井 玲奈
桜井 玲奈

なら発汗や嘔吐という所かしら?いえ!水分の喪失ではなく摂取量の減少でも相対的に起きますわね!ならば水分の摂取量がそもそも低下する事でも起きそうですわ!

進藤 守
進藤 守

そうだな。そして尿崩症という高度に腎障害が進行した状態でも生じる。一言に脱水症といってもその原因は様々で、その状態に応じた輸液にて治療が進む。なら俺らが何もする事が無いとも思えるが、それらの脱水の種類と原因を知っておく事で、後々役に立つ事が多い。

ふむ。と白波は腕を組む。先輩と進藤さんの昔話は大変勉強になって刺激にもなると思う。だけども本当は・・・昔の主任さんがどんな人だったのかを聞きたいっすけど。・・・ダメっす!と白波は一度首を振り、進藤の言葉に再び耳を向けた。

白波百合のノート 87

・脱水症と熱中症は多くはオーバーラップする。ともかく予防が大切っす!

・失われる水分とナトリウムの比率で高張性、等張性、低張性の脱水に分かれる。それぞれ原因も違うから要注意っす!

・昔の主任さんの話を聞きたいというと怒るだろうか。

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。

【これまでの話 その①】

【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】

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理学療法士。作家。つむぎ書房より『看取りのセラピスト』を出版。理学療法士としては、回復期から亜急性期を経て、ICUを中心に働き内部障害を中心に患者へと関わる。ご連絡はこちらからも→Xアカウント(旧Twitter)@tanakan56954581 他にも多くの小説ストックあります。

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