休憩室からの帰り道、ふと病院の玄関を通りかけると、車椅子に乗ったまま外を眺める少女が居た。
高度の熱中症からの横紋筋融解症、それは彼女に与えられた診断名ではあるのだけど、それ自体が彼女の姿ではないと思う。
中学生最後の大会を目の前に、体調を崩し大会への参加が困難になった。
困難とは希望的観測にもよく似た言葉ではあるのだけど、それはきっと・・・
と上代は一度首を降る。
自分だってきっとかつては彼女のように、ただ希望も絶望もそんな言葉で分類できない気持ちのままでこうやって外を眺めていたと思う。
インターハイ前、履いたバッシュがフロアを鳴らす音、小さい頃から取り組んできて、いつかは輝く照明の下で、多くの観客の前で・・・
そんな事を漠然ながらも当然の事のように毎日考えていた。そしてそこでは自分は一人ではなくて、多くのチームメイトや支えてくれる後輩達、少なからずとも自分は期待されていた。慢心ではなくそう思う。
だけど自分は怪我をした。決して自分の不注意だけではないとは思うのだけど、足からは力は失われて、目の前にあったはずのゴールは体と心が崩れ落ちると共に自分の視界から遠のいていった。
その瞬間は今でもたまに夢に見る事がある。
自分の描いた希望やそれを支える想いの数々が、体から抜け出していく。それは酷くゆっくりと今までの競技人生の走馬灯のように流れていった。
そして自分はそのフロアを後にした。
かつての後輩やチームメイトとはそれからしっかりと話した事はない。
だから自分は卑怯だし臆病だと思う。
そんな事を考えていると・・・少しだけ泣きそうになった。かつての自分が目の前に居るようで、そして自分はそれに語れる言葉をまだ持っていない。
「どうしたんだ?」
ふと声がして振り向くとそこには長身な自分よりも高い目線で語りかける進藤守がいた。山吹さんと昔から一緒にいる言語聴覚士、いつだって眠そうに目の下には僅かに隈がある。ちょっとだけマイペースな人だ。
「いやべつに・・・あの娘が何を考えているのかなぁって。」
「あぁ百合ちゃんの新しい患者様だな。俺もそうだが決して薫には受けもてないな。思春期の女子とは対極に位置する無神経だ。」
あまりの言いようにクスクスと上代は笑ってしまう。この病院であの山吹さんにそんな口を吐けるのはきっと進藤さんくらいだろうと思う。はっと上代は思いついたように進藤の目線をまっすぐとみる・
「あの・・・先ほどまで山吹さんに色々教わってたのですが、ちょっと基本的で申し訳ないのですけど、腎臓・・・について教えてもらえませんか?一応教科書を読んでは見たのですが・・・」
「ん?まぁ教科書で得た知識と、経験談を伴ってそれに付随した知識を得るのは悪くない考えだと思うよ。ただまぁ・・・俺は薫と違って語るのは苦手だけどな。」
ST室で良いか?と歩き始めた進藤は罰が悪そうに、頭を掻いている。
その後ろ姿を眺めつつ、かつてのように駆け出す事は出来ないけれど、それでも前に進む事は出来る。上代は最後に一度だけその娘の後ろ姿を見て、進藤の後に続いた。
【~目次~】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
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