昨日は楽しかったな。そんな事を考えながら上代葉月は午前中のリハビリを終えて、病院の玄関へと差し掛かる。なんだか重たい右足も今日は軽い気がする。
それはきっと昔の、自分を今も捉える過去を口に出せたからかもしれない。そんな気もした。
変えられない過去か胸の奥へとズブズブと沈み込んでいて、いつだってこの足を重くしていた。
それを口に出すだけでこんなに違うのかな。それが不思議だった。
すると病院の玄関で外を眺める少女を見つけた。あの白波百合の担当する大会前に高度の熱中症により倒れた少女。彼女は何かを考えるように外を眺めている。
そっか大会の日だったっけ・・・と上代葉月は少女の隣まで足を進める。車椅子の少女は上代を見上げた。
「なに?リハビリはしないよ。サボるの。」
「うん。お姉ちゃんもここでお仕事をサボるの」
「いいの?患者さん待ってるんじゃない?」
「いいよ。今みんな休憩中だから」
サボりじゃないじゃん。と少女は前を向く。しばらく静かな時間が流れる。ただ隣り合い時間だけが流れる。その沈黙は穏やかに流れて少女は口を開いた。
「今日大会なの。みんな頑張ってる。」
「そうだね。お姉ちゃんは高校の最後の大会前に怪我しちゃって、何もできなかったなぁ。ずっと外だけ見てた」
「お姉ちゃんも?」
うん。と上代はそう答えて、自分の右足首に刻まれた傷を少女に見せる
その傷を見て少女は目を丸めて足首から上代の顔へと視線を移す。
「大丈夫なの?」
「もう大丈夫。だけど昔の事は忘れられないし、昔みたいに速く走れる事はできないけど、大丈夫だよ。」
「私は・・・また走れるのかな?」
「それは頑張り次第だけど、もう立てるし短い距離なら歩けるよね。こういう事はあまり言えないけれど、大丈夫だよ。」
そっか。と少女は前を向く。それに合わせて上代もまた同じ方向を向く。大丈夫という言葉は責任を伴う。だけども過去は変えられないけれどその解釈は変えられる。自分だってそうだし、少女の症状は幸いにも軽い。
言葉にする事でも言葉にしないままでも互いの気持ちは分かる事もあることは分かる。
するとドタドタと廊下を歩く音がした。
「あー!ここに居たっすね!学校の先生来てるっすよー!」
賑やかな白波百合の声の後ろに、グレーのスーツを着た女性が立っている。自分と同じくらいに身長は高い。そしてその先生は一瞬目を丸め、すぐに表情を和らげる。
「葉月・・・元気にしてたんだね?卒業してから音沙汰無いからみんな心配してるよー」
その聞き慣れた声に、心の中はかつての自分に戻っていく。柔らかい風が流れるように。
「ごめん。君もまた先生になってたんだね。今日は大会じゃないの?」
「私は副顧問だからねー。まぁ無理言って抜けてきた。」
そっかと。葉月はそうとだけ答える。少女は二人の顔を見比べている。
その今では先生であるかつての同級生はかがんで少女の目線に合わせる。
「サボっちゃった。」
その言葉に少女は目を伏せる。
「みんなサボってる。ダメなんだ。」
「そう?たまには良いじゃない。また頑張れば。だよね?葉月」
その言葉に葉月は頷く。
「そうそう。後でいくらでも頑張れるんだから。」
「・・・・リハビリ行く・・・」
少女は車椅子を反転させるとそれを漕ぎ出す。葉月はその先生を互いに目を合わせる。
「ちょちょ・・・休憩中っすけど・・・おっしゃ!やるっす!あっご飯もちゃんと食べ無いとダメっすよー」
と漕ぎ出した車椅子の後を追って白波百合は駆けて行く。その後を二人で眺めながら
「良いリハビリの先生だね。そうそう!今度同窓会するから絶対来てよね!みんな楽しみにしてるよー!それにさっき病棟行ったらやたらと男前な先生居たじゃん!身長の高い!ちょっと眠たそうな顔をした・・・もう葉月だけずるいー!うちの職場はおっさんばっかで・・・」
あぁあの人だな。と上代は思う。必要な言葉を用いずに、自分の背中を少しだけ押してくれた、いつも眠たげな語るのは苦手と言いながら、必要な言葉を選んでくれるあの人だ。
「ふふ。そうだね!でも実は結構ベテランさんなんだよー!それにちょっと目つき悪いし、お茶にとろみをいつも付けちゃうの。」
「なにそれ?上手いこといかないもんだねー!」
そうだね。とその言葉に葉月は頷く。こうやって過去は未来へと繋がっていく。それは必ずしも悪い事ではない。また跳べそう。そんな事を上代葉月は考えた。
【〜目次〜】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
【Tnakanとあまみーのセラピスト達の学べる雑談ラジオ!をやってみた件について】
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