白波は病室で患者を目の前にしている。白髪の女性は静かに微笑んで車椅子に座っていた。
腰にはコルセットが巻かれている。先日腰を痛めて入院した患者である。
白波:それじゃぁ、体の様子を見ていきますね。何か変わりはありませんか?(最初は声かけで意識レベルを見るっす。といっても何にも無さそうっすけど)
白髪の女性は穏やかに、いつも通りですよ。と答える。
それじゃぁ体温を測っていきますね。(自覚症状は何も無しっす。あと意識はしっかりしていて、ついでに気道も詰まってないっすね。当たり前っすけど、大切っすね。)
体温を測り終わる。36.6度と正常である。
次は脈拍を測りますねー。(脈拍を測りつつ呼吸数と深さも観るっす。相手に意識をさせないように慎重に・・・。あと心電図を見る限り特に異常は無さそうっすね。・・・初見にそう書いてあっただけっすけど)
脈拍は82回/分である。当然不整脈もない。呼吸数も16回/分で深さも正常だと白波は思った。
呼吸の仕事量も正常範囲内っすね。と白波は思う。白髪の女性は穏やかに微笑んでいる。白波も笑みを返す。
お次は血圧を測りますね。(脈拍を橈骨動脈で触れられたから収縮期血圧は80mmhg以上はきっとあるっすね。呼吸も安静時の座位で正常っす。)
血圧を124/66mmhgを示している。これまた正常だと白波は思う。
脈拍も正常だから心臓の仕事量も安静時で正常範囲内だ。ふむふむ。と白波は何度か頷く。白髪の女性は不思議そうに首を傾げ、白波は何でもないっすと笑みを返す。
次はサチュレーションを測るっすね。これは血中で赤血球がちゃんと酸素を運べているか調べます。(次は末梢まで酸素が運べているかを調べるっす。貧血は既往になかったから大丈夫なはずっすけど。あと爪の色も良くて、指先も暖かいっすね。)
なるほどねぇ。と白髪の女性は指先に挟まれたパルスオキシメーターを見つめている。
うん。98%っすね。正常っす!いつも通りっすね。(所見は昨日と同じで、呼吸と心臓の仕事量も増えてはなくて、体温も正常っすから新しい侵襲もないって事っすね。)
あらあらありがとう。と白髪の女性はそう答え、笑みを浮かべた。
それじゃぁ看護師さんに報告してきますからちょっと待っててくださいね。一人で歩いて行っちゃダメっすよ?
はいはい。と白髪の女性は答える。
さて、これからが本番っすね。と白波は意気込んでナースステーションへと向かう。報告先はもちろん、金色にも見える明るい髪をした看護師さんである。白波はふん。と一度鼻を鳴らす
そして、時間は流れて業務も終わる。休憩室には山吹がデスクに腰掛け束ねた書類を眺めている。
ドタドタと騒がしくドアが開かれ、白波が姿を現した。
そろそろ静かにドアを開けようとは思わないのか。
いやぁそれどころじゃないっす!ついにやったっすよ!
何がだ?と山吹は目を細めながら、鼻息の荒い白波を見る。
ついにやったっすよ!
だから何がどうしたんだ?
ついにあの憎っくき言葉を克服したっす!『それだけ?』って言われ無かったっす!
それは・・・おめでとう。
前のめりになる白波に気圧されながら、山吹は目を丸くして答える。
何なんすかそのうっすいリアクションは!愛すべき後輩の大躍進っすよ!?
いつの間にそういう風になったんだ。でどんな状態だったんだ?
まるで正常っす!そしてそれがなぜ正常かをツラツラと説明したっす!そしたら今の先輩みたいな表情で『あっありがとう』と言ってたっすねぇ。
まるで武勇伝を語るかのように白波は腕を組んでいる。確かにこの意気込みで報告されると、そうなるな。と山吹は苦笑する。
まぁなぜ正常なのかも大切なことの一つだね。正常であることを伝えられる事が出来たのはまぁ褒めることができる。
まぁ引っかかる事が山ほどあるっすけど、先輩のおかげっすね。
白波はまっすぐと山吹を見る。山吹は目を逸らして咳払いをする。
でどうだった?ルーチンでやってるバイタルサイン測定でも、色々考える事があっただろう。
確かにそうっすねぇ。患者さんと喋ってる間にも色々考えてたっすねぇ。
測定値以外にも沢山観て考えただろう?
ちゃんと言われた事をちゃんと観たつもりっすよ。
ふむ。と山吹は一度頷く。白波は、ん?と首を傾げる。
それはね。フィジカルアセスメントの基礎の基礎だよ。
ふぃじかるあせすめんと?
随分と間抜けな表情をするなぁ。看護領域では当たり前の言葉だけど、聞いた事ないセラピストは意外といる言葉だね。まぁ定義は調べて欲しいけど、簡単に言うと主観的情報や客観的情報から患者の状態の統合と解釈を行う事かね。
失礼な上に難しい言葉が多くて分かりにくいっす。
もっと分かりやすく言うと・・・君は目の前の患者がどういった状態か考えながら、観察しながら問診しながらバイタルサイン測定を行っただろう?
そりゃぁ、夢に出るほど今まで教えてもらったっすから。
それだよ。と山吹は答える。白波はおぉと目を丸くする。
ならそのフィジカルアセスメントとやらの必殺技を身につけたって事っすね!
身につけてはいないけど、その基礎の基礎の考え方を知った。くらいだね。
じゃぁ後は何が必要何すか!?その必殺技を身につけるには!
病院で必殺技という言葉は聞こえが悪いな。ざっと、もっと詳しい各器官の解剖生理学、組織代謝を中心とした生化学、あと運動学や運動生理学も必要だし、もちろん病理学や疾患学習と、あと・・・・
もういい・・もういいっす・・・・とにかく基本的なバイタルサイン測定はできるようになったんすよね?
うん。それはよく勉強したと思う。
休憩室に一瞬、静かな沈黙が流れる。
なんか先輩に褒められると奇妙な気分になるっすねぇ。
それはどうも。光栄だね。
山吹はそれだけ言うと再び文献に目を落とす。白波はその姿を眺めながら体を揺すっている。カーテンの隙間から差し込む西日は柔らかく休憩室を照らしていた。
白波百合のノート14
・バイタルサイン測定の時には沢山考える事がある。
・正常ならばなぜ正常かを考え伝える必要が有る。
・患者さんがどういう状態かを考えながら、フィジカルアセスメントを行う。←これは今後の課題。
・褒めてもらえた。
コメント