山吹薫のリハビリテーション  〜急性期としての自分の役割〜  【山吹薫の昔の話】

山吹リハ

山吹薫は病棟のナースステーションの前で転院していく患者を見送る。

内海青葉から引き継ぎリハビリを続けていた患者様は、不完全ながら立てるように成って何とか病棟でトイレへ行けるようになった。

それでも生活全般にはまだ介助が必要であり、作業療法士である高橋美奈により、高度に認知機能や前頭葉の機能が低下している事が分かった。

そして言語聴覚士である進藤守によって、リハビリ中には何とかゼリーを食べれていたのだが普段の食事を取るのにはまだ長い時間が掛かる事も分かった。

正直な所、何もかも不完全だと少し悔しくなる。

それでも退院の時に家族は、命があっただけでも嬉しいのに、しっかりと座れるようになって有難うございます。と涙ながらに深々と頭を下げていた。

それに応えながら複雑な気分になるのを感じた。

ある意味、救命できて、合併症を起こさずに病状の安定を得ている訳なのだから、役割は十分に果たしたと言えるかもしれない。

介助が必要であるが僅かばかりに動き出して、体を支える事が何とか出来るようになった結果に、内海も喜んでいた。

そして今後の検討もまた情報提供として次の回復期病院のスタッフへと渡すようにお伝えすると、家族は自分の手を取り深々と頭を下げる。

有難うございます。

と果たしてそれで良かったのかと、何だか気持ちは浮ついている。こういった事に確かな答えは無いのかもしれない。

主任の声が聞きたい。転院するためにエレベーターに乗り込む患者様とその家族を眺めながら山吹はそう思った。

業務は終わり、いつものリハビリ室のデスクへと向かう。みんなは既に帰宅しており、遠くから聞こえるサイレンの音だけがいつも通りだった。

すっかり居心地の良くなった賑やかな日常はどこかへ消え失せている。

山吹は主人の居ない主任のデスクを見る。

ただの休暇という割には長い。何かあったのかとも思う。

もしかしたこのまま退職するのでは無いかと考えてしまうと、ひどく不安になる。

まだまだ教わりたい事はたくさんある。多分そのせいだ。

そう思って山吹薫はリハビリ室の電気を消した。さらに静寂は深くなる。

そして帰り際、更衣室でスマートフォンを起動する。そこには一通の新規メールが来ていた。

『明日は休みだろう。スマートフォンを選ぶのに付き合え。お礼はその結果次第。』

絵文字も何も無い、機械的な業務連絡のような文面を見て、山吹薫は静かに笑みを零した。

職権乱用だろう。そう思いながら無機質なメールへと出来るだけ感情が現れ無いように返信をした。

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』

tanakanの他の作品はこちらから

tanakannaika|note
理学療法士でパーソナルトレーナーなブロガーです。また動画編集や過去には脚本執筆や演出、撮影、編集など多岐に渡って活動しておりました。楽しみながら学べる『内科で働くセラピストの話』を執筆中。

ちなみに千奈美さんの第一話はこちらから

その1 『伝えたいことを思い出せない』|tanakannaika|note
ここはとあるクリニックのリハビリ室。そこには僕こと、高橋を含めた4人のリハビリスタッフがいる。そしてそこの主任は千奈美さんであるのだ。 瞳と同じくらい小さな整った丸顔で、それに合わせて栗毛が緩く巻かれている。 そして業務の終わり、僕は千奈美さんから呼び止められた。 「高橋くん高橋くんちょっと待ってー!」 「そん...

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