休日になる度にどこか空虚な気持になる。
山吹薫はキッチンに立ち、ぼんやりとコーヒーを淹れる。
ゆっくりと立ち上る香りと、そしてゆっくりと落ちていく薄茶色の雫を眺めていた。
主任のようにインスタントコーヒーは飲む気にはなれないのは、こういう時間を楽しみにしているからだろう。
そう思う。
忙しない日常にぽっかりと空いた空間は、心地良いようで不安な気持にもなる。
昨日から自分の頭の中を占拠しているのは主任の言葉だという事は十分に理解している。
但、理解できているからといってどうしようもない事もある。
自分には一応家族が居る。
良い家族ではないとは思うが、それでも何かが起きた時に帰る場所はある。
帰りたくはないのだけれど。
そう思ってしまうと、リハビリ室に一人でいる主任の姿がぼんやりと、立ち上るコーヒーの香りと共に浮かぶ。
香りというのは視床を通り、装飾される何て事はない。
香りと思考は直結する。
その情景だけではなく感情までもまた呼び起こす。
もちろん厳密に言えば今の病棟でのチームはあるのだから、一人では無いのだろう。
だけども主任の事を考えると、思い浮かぶのはその小さな背中だけだった。職場で見ると大きく見えるが、そこを離れると小さく見えてしまう。
業務後に主任と話すのが、すっかりと習慣となってしまっている。
それはとても良い事のなのだけれど、その姿を近くに感じ始めると、その人の事が矢鱈と気になってしまう。
果たして今までそういう事があっただろうか。と思いを巡らせても何も思い浮かば無い。
勉強は一人でするものだと思っていたし、こうやって学校の授業以外で教わるという事も少なかった気がする。
だからきっと距離間を誤認しているだけなのだと山吹は思考を止める。
カップの中にはコーヒーの暗い色が満たされていて、その奥底は見えない。
主任は今頃何をしているのだろうか。
山吹は一度頭を振って、その考えを頭の中から追い出した。
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