幕間の小噺 〜再び踏み出す最初の一歩〜

総論

すぅっと私は一度空気を吸い込む。

肺の中を満たすのは、かつては嫌と言うほど吸い込んだ香りをその身に漂わせている。

なんとも形容し難い消毒液の混じった匂い。冷たい床と張り詰めた空気。

何だか昔を思い出すものだと私は思う。それはもう遠い思い出の中にあって手を伸ばす事すら難しい

目の前のグリーンゾーンの前で何度も入念に確かめた防護服を手順通りに着込む。

先の尖ったN95マスクを装着する前に、不意に先生の声がする。

「しかし君が来てくれて助かったよ。僕が教え子に頼る日が来るだなんてな。」

薄いメガネの初老の男性はかつて私が師と仰ぎ、臨床のイロハを叩き込んでくれた先生だ。

細く老眼の似合うその先生は初老と呼ばれる年齢は当に過ぎている。はるか初期のリハビリテーションの世界から今もなお臨床に立ち続ける。いわゆる化け物の類だと私は思う。

「いえいえ。最近は臨床を離れていましたからね。私がお役に立てるかは分かりませんが、それにしても先生はまだそのお歳で臨床に立つなど化け物ですか?」

むぅと同じ手順で淀みなく感染対策のための防護服を着込む先生はむぅと一度口を尖らせる。

「それは僕のセリフだよ。昔と全くと言っていいほど君の見た目は変わらんじゃ無いか。それこそお伽話か妖怪か」

はっはと私は笑う。妖怪かそれで良いとも思える。しかし体力の方が付いてくるのだろうかは正直不安なところだった。それに長く臨床の方も離れてしまっていたから、頭の方も付いてくるかは分からない。それでも心の奥底から湧き立つ高揚にも似たこの気持ちに、身を任せるのまた少し心地がよかった。

「分かっていると思うが、十分に感染対策には気を付ける事、まぁこんな世の中だからどこに行ってもそうだがな。」

「それはもう重々と気を付けていますよ。しかし大変な世の中になりましたね」

全くだよと先生はそう答える。衰えた様に振る舞うその姿でも眼光は扉の向こうのエリアを睨んでいる。

感染したからと言って、それに関わる医療従事者にも感染のリスクが高まろうとしていても、そこにはリハビリを必要な人たちは居る。

ただ生かされるのではなく、生きていくために

私と先生は互いに最終チェックを終えてそのグリーンエリアの向こうへと足を踏み出す。

さぁ楽しいリハビリの時間・・・いや・・・生かす為ではなく生きる為のリハビリだ。

そしてそれは患者にとっても、私にとってもそうなのだ。

【〜目次〜】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。

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