朝早くの病院は好きだと白波は思う。
いつもと変わらない空気は朝の雰囲気を含んで、どこか透き通って見える。
さてとっす・・・
疲れ切った夜勤の看護師さんがバタバタと働く中、電子カルテを立ち上げる。タイムリミットは先輩が来るまでっす。と気合を入れる。
この人っすね・・・
先輩が前に受け持ち、回復期病棟へ転棟後に急変した患者の名前が表示される。
・・・(CRPは7.2と正常よりも高いっす。それでも他の検査値には問題はないっすね。血圧は92/48mmhgとちょっと低いっす。SPO2は96%、酸素は鼻から2l/分入ってるっすね。あっ肺炎って書いてあるっすね。そして目は覚ましていないっす・・・)。
ふぅむ。と白波は腕を組む。何となく患者の情報は分かる。ベッド上での生活で肺炎を起こして酸素療法をしている。・・・ということだ。
さてさて、どうしたもんすかねぇ・・・
おっはよーございやーす。って百合!なにしてん!?
咲夜!
白波は振り返り、電子カルテの画面を背中で隠す。
おっはよーっす!何でもないっすよー
態とらしく口笛は吹くて何時代の人やねん・・・どれどれ。
坪井は白波の体をぐっと横に退けて、画面を覗く。白波は態とらしく目を逸らす。
これ山吹さんが前に受け持ってた患者さんやん。担当が変わってこの前急変した・・・
はっはーん!アンタと言う子はホンマに阿呆なんやから!
朝来て早々何っすか!別にただ何気なく見てただけっすよー
口笛を吹かずにこっちを見んかい!あんな、もしやアンタ・・・
「担当者が変わって患者さんが急変した事で山吹先輩が凹んでるっす!自分がなんとか患者さんと先輩を元気にするっす!」
みたいな事考えてへんか?
うっ!・・・いやまぁそうなんスけどね・・・先輩最近元気無いっすもん・・・でも今の自分なら何かできる事があるはずっす!
ふーん。と坪井は腕を組んで、眉を潜めたまま白波の目をまっすぐと見る。
白波は思わず目を逸らす。
ほんでどないすんの?どうやってリハビリに入って、何をすんの?
それは・・・考え中っす!
ふんふん成る程・・・ってアホか!また自分独りでやろうとして・・・そう言う時には相談せなあかん!
ちょっと先輩には相談し辛くて・・・
・・・かといってウチもどうにも出来ひんしな・・・あっ!もう一人おるやろ、山吹さんの同期やってん人!まだウチは会った事はあらへんけど。
成る程っす!あの人なら言語療法室にいるはずっす!
駆け出す白波の首根っこを、ちょっと背伸びしながら坪井は掴む。
ちょっとアンタ!朝の忙しい時間に何をしようとしてんねん。業務後にしい!
あはは・・・そうっすね!それじゃぁそうするっす!
全く。と坪井は腰に手を当てる。他の病棟の患者に自分の意思でリハビリを行う事は難しい。だけども少しでも気が済めば。そう思った。
そしてついでに噂の山吹さんの数少ない友達に会える。それはそれでラッキーやな。そんな事も考えていた。
言語療法室は休憩室とは離れた場所にある。建物の正反対にあるためか西日は入らず僅かに暗い。白波と坪井は息を合わせて一緒にその扉を開いた。
お疲れ様っす・・・・
おつかれさまでーす!
おずおずと白波は部屋へと入り、坪井は右手を大きく上げて声もまた張り上げた。
珍しいな。百合ちゃんから訪ねて来るなんて。それでそっちの小さい人は?
いきなり失礼やな・・・。初めまして坪井咲夜といいますー。よろしゅー。
そうなんだ。まぁよろしく。
・・・咲夜・・・また猫を被ってるっす。
ST室で椅子を並べて進藤さんの正面に二人で並ぶ。なんだかリハビリ中みたいっす。と白波は思う。そして簡単に今朝の事を説明をした。
成る程ね。薫も困ったもんだ。
ホンマそうですよねー。そんで寝たきりになった患者様に何をすれば良いかを知りたいねんなー。
先輩は・・・関係ないすけど、教えて下さいっす。
別に大丈夫だよ。偶には先輩らしい事もしたいからな。語るのはまぁ苦手なんだが・・・
ふむ。と進藤は一呼吸を置く。白波の両目はしっかりと進藤を向いている。坪井は何かを感じたのか目を細めて進藤を見ていた。
そうだな・・・寝たきりになったら何が問題なのかは分かる?
えぇと・・・筋力が落ちるっす!
そうだな。一般的に10日ベッド上を中心に生活すると10%筋力が低下するというね。つまりは動かない事に体が順応してしまうんだよ。
ある意味、恒常性(ホメオスタシス)って事なん?
確かにそうかもな。ベッド上では動く必要が無いから、その生活に体が順応する。よって筋力は落ちる。筋肉の持久力も落ちて必然的に体力も落ちる。もちろん以前の生活と比較してだな。
元々出来ていた事が出来なくなるんすよね・・・
生活に手伝いがいる様になると家族の人も大変やし、何よりも患者さん自身がしんどく感じてしまうわな・・・
でもそれだけじゃない。まず患者様を起こしていく前に寝たきり、つまりは廃用症候群について学んでみようか。
語るのは苦手なんだが・・・そう進藤は言葉を結んで腕を組む。
白波はメモの準備をして、坪井は大きく伸びをした。
ST室には西日は入らない。だけども蛍光灯は柔らかなオレンジ色で辺りを照らしていた。
白波百合のノート その36
・寝たきりとは、ベッド上での生活に体が順応してしまう事。それに伴い筋力は落ちる。でもそれだけじゃない。
・以前出来ていた事に手伝いがいるようになると、家族も辛いが本人が一番辛い。
・また独りでやろうとしてた。でも今は独りじゃなくても良い。
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