意識障害の話 その③ 〜意識障害に対して私達が出来る事〜

意識障害

なんだか可愛らしい後輩ちゃんだなー。と沢尻は思う。まるで子犬みたいに薫さんに懐いていて、手を出す余地はないなーとも思う。

白波 百合
白波 百合

それで意識障害があったとしてウチらができる事は何かあるんスか?

山吹 薫
山吹 薫

まぁまぁそう鼻息を荒くするな。

沢尻 悠
沢尻 悠

いいじゃないですかー。そうだねー。まず有毒は物質が原因の場合や代謝性が原因でも、例え広範な脳障害でもその治療が優先なんだよ。

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。それに並行して僕らもまた介入を行う。

ふんふん。と白波は何度も頷いている。心配になって見に来てみれば中々上手くいってるじゃないかと思う。もちろん興味本位ではあるけどね。と沢尻はそう思う。

山吹 薫
山吹 薫

ここで脳幹網様体の話に戻る。そこから脳全体に刺激が伝達されて覚醒状態は維持される。そしてそれらが障害されることによって意識が変容したり消失する訳だからそこを賦活する必要が有る。

沢尻 悠
沢尻 悠

一つは脳幹網様体自体に伝わる刺激を増やすことだね。ねぇねぇ百合ちゃんは朝起きたらまず何をする?

白波 百合
白波 百合

なっ何をいきなり言い出すんすか!?

山吹 薫
山吹 薫

だからお前が言うと何か違う感じに聞こえるよ。

沢尻 悠
沢尻 悠

えー。今や髪も黒くして爽やかイケメン化したオレっすよ?

赤に近い茶色の髪をしていたのは薫さんの下にいた時だった。そして薫さんはその時から変わらない。と沢尻は思う。

沢尻 悠
沢尻 悠

朝起きたら立ち上がって顔を洗ったり、歯を磨いたりするでしょ?

白波 百合
白波 百合

当たり前っすよ!乙女の身だしなみは大切っす。

沢尻 悠
沢尻 悠

そうそうそれが大事ー。手足の感覚、顔面の感覚は神経路を通って脳幹を通る。それが一つの刺激、そしてそれは視床っていう感覚の中継点まで登っていってそれぞれの場所に運ばれる。

白波 百合
白波 百合

なるほど、上行性網様体賦活系の話みたいっすね。

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。それに手足や顔面、口の中など生きるために微細な運動を要求される場所への刺激は、脳の感覚野と呼ばれる感覚の情報を受け取る場所での支配領域も広い。よって刺激も入りやすい。

白波 百合
白波 百合

ふむふむ。ちゃんと刺激を沢山送り届けるのが大切なんすね。

確か昔もこうやって薫さんに教わっていた気がする。もちろんこんな風に講義を受ける事はなかったけれど、色んな話を聞いた。

沢尻 悠
沢尻 悠

他にも単純に声をかける、お話をする、日付を確認したり、外を散歩したりとにかく刺激を与える。何よりベッドから早く起こすんだよねー。

山吹 薫
山吹 薫

合併症は意識障害をも遷延させる。そのために僕らがまず朦朧とする患者を起こしていく必要が有る。

白波 百合
白波 百合

でも聞けば聞くほど当たり前の事っすね。

山吹 薫
山吹 薫

そうだ。その当たり前の事をするために僕らが居るんだよ。そしてそれがそのまま意識障害からの解放に繋がる。

白波 百合
白波 百合

それは嬉しい話っすね!

沢尻 悠
沢尻 悠

でしょでしょー?でもちゃんと元の障害は進んでないかの確認も怠らずねー

うっす!と白波は返事をする。なんて素直に話を聞く子だと思った。そしてその名前をきっと薫さんが、当たり前のように呼ぶ事がないだろう。そうとも思った。

沢尻 悠
沢尻 悠

意識障害に対する治療は沢山あるけれど、その治療の進行とともに普段の生活に近付けていく、それが一番の近道かなー。そのために観る所もやる事も沢山あるんだけどねー。

山吹 薫
山吹 薫

寝ている姿勢を整える。自分で車椅子に起きれるように練習をする。車椅子に長い時間を起きれるように車椅子の調整をするそんな基本的な事だけどな。

白波 百合
白波 百合

まさしくリハビリテーションっすね。

沢尻 悠
沢尻 悠

うんうん。初めて患者さんが起きれた時は病棟に行くとねー。可愛い看護師さんも沢山集まってくるからねー。オレだったらすぐに目を覚ますね!

山吹 薫
山吹 薫

だから昔からそういう発言がなぁ。

目を細める山吹を見て白波はくすくすと笑っている。

その様子を眺めながら、かつての指導者で自分が今でも後を追う人。その人と同じ名前の人が目の前にいるのはどういった気分だろうと考える。薫さんは表情に出ないからなーと沢尻は溜息を吐く。

山吹 薫
山吹 薫

でも患者の状態を見誤り、それで医師の指示があるのにも関わらずセラピストが患者の回復を滞らせるのは許されないのは覚えていくようにな。

白波 百合
白波 百合

もちろんっす!そのためにこんなに勉強しているんすから!

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。そのために僕もこんなに時間を割いているんだから。

沢尻 悠
沢尻 悠

へぇー。オレだったらこんな可愛い子だったらいつでも一緒に居たいけどなぁー。

うへっ!と白波は奇声をあげている。それをみて沢尻は視線を天井へと逃す。そう言えばこの子の周りも可愛い子がいたな。そう沢尻は一瞬考えたが、きっとこの休憩室ではそうではないな。と肩を落とす。

沢尻 悠
沢尻 悠

とこんな感じでざっくりとした説明だけど大体理解できた?

白波 百合
白波 百合

でも沢山勉強が必要なことも分かったっす。でも出来ることが分かって嬉しかったっす!

沢尻 悠
沢尻 悠

なんて良い子なんだろねー。薫さんの後輩には良い人ばっかり集まるから不思議だなー。

山吹 薫
山吹 薫

うるさいのばっかりだがな。

そう憎まれ口を叩きつつ笑みを浮かべるのがまた厄介だ。と沢尻は思う。

心配して訪ねてみたけれど、ちょくちょく暇つぶしに来てみるか。

長く伸びた西日から手を透かし、沢尻はそう思った。

白波百合のノート その35

・意識障害の原因の把握と治療が優先。それと並行してリハビリテーションを行う。

・まずは早期離床、その後は身の周りのことを行いながら刺激を与える。当たり前の生活に戻す。

・自分にもまだ出来ることがある。知らないだけで。

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