感染の話 その①  〜人はどうやって感染するのか〜 【山吹薫の昔の話】

免疫

そう言えばこの人はいつ休むんだろうか。山吹薫がそんな事を考えたのは業務の終わり、すっかりと夜の帳が下り始めたリハビリ室での事だった。

石峰 優璃
石峰 優璃

何を見ている?私の顔に何かついているのか?

山吹 薫
山吹 薫

そうではありません。しかし、何やら世間は慌ただしいですね。

石峰 優璃
石峰 優璃

そうだな。我々も他人事ではないからな。しかしニュースだけでは中々情報は得られんな。

山吹 薫
山吹 薫

ニュース以外にも文献もまたよく上がっているので、そっちの方が助けになりますね。

石峰優璃は不思議そうに首を傾ける。細く毛先に至ると透けるような黒髪はそれに合わせてわずかに揺れた。

石峰 優璃
石峰 優璃

確かにインターネットとやらが使えれば家でも文献は読めるな!しかし私はそれに関しては疎くてな。医療機器ならまぁ理解できるのだが・・・

山吹 薫
山吹 薫

・・・意外ですね。とにかく、感染がこう何度も話題に上がると怖いですよね。

石峰 優璃
石峰 優璃

確かにそうだが、恐怖やら不安は不確かな理解からよく生じる。して、感染とはどういう事を言う?

山吹 薫
山吹 薫

病原菌が体の中に入って増殖し、なんらかの症状を呈する事ですよね?

ふむ。と石峰は椅子をクルリと回して山吹に向き直ると、楽しそうに笑みを浮かべる。その表情とは裏腹に山吹は、さて。と身構える。

石峰 優璃
石峰 優璃

それではまだ不十分だ。感染症とはもっと広い意味で捉えなければならない。狭義もそうだが広義で捉えないと実態は狭小化する。感染とは病原体が人体に体内に侵入し、定着し、増殖する事で成立する事だ。

山吹 薫
山吹 薫

病原菌では無く病原体・・・ですか?

石峰 優璃
石峰 優璃

そうだな。病原菌は病原体の一つで細菌の事を指すこともあるな。そして病原体はそれ以外にもウイルス、カビなどの真菌や虫などの寄生虫もまた病原体となる。

山吹 薫
山吹 薫

虫・・・もですか?

なんだ苦手か?と石峰は笑みを浮かべ山吹は別に。と答える。実は苦手だという言葉を見透かしてか石峰は足を組み直す。

山吹 薫
山吹 薫

ともかく感染源は何処にでも存在しているという事ですね。

石峰 優璃
石峰 優璃

そうだな。場合によっては自分の体の中にも存在する。そして感染が成立したとする。まぁ定着し増殖し何らかの症状が出現した時、それは顕性感染と呼ばれる。そして症状が出なくても不顕性感染となり、その時ヒトはキャリア(保菌者)となってある意味病原体を運ぶ手助けをしてしまう。

山吹 薫
山吹 薫

そうやって感染を拡大するのですね。ならやはり感染源と感染経路をしっかりと把握し、絶たなければなりませんね。

石峰 優璃
石峰 優璃

ある意味、生き物であるから自分達の遺伝子を残し、住処を拡げるのは当然の使命なのだろう。そしてその環境がヒトの体内が、時によっては動物もだが、その環境が適しているのだろうな。

そう言われると何だか複雑に思えるが、それでも身体に何らかの影響を与えるならば、除さなければならないなと山吹は思う。石峰はフッと目を伏せる。長い睫毛は柔らかな影を作った。

山吹 薫
山吹 薫

確か感染経路には、大きく分けると接触感染と空気感染から飛沫感染がありましたよね。

石峰 優璃
石峰 優璃

昆虫からや動物からという事もあるな。接触感染一つは何かに汚染されたものを触ってしまう。もしくは何かを介して触れてしまう。そして、ふとした時に口に触れたりして体内に入る。ノロウイルスやO-157といった食中毒とも呼ばれるものもそうだな。性行為や血液などで体液同士が直接触れることもまた一つの要因だ。

山吹 薫
山吹 薫

そして飛沫感染とはインフルエンザやいわゆる風邪、風疹といったものですね。例えばくしゃみをすることで、1-2mの距離を飛ぶのですよね。

石峰 優璃
石峰 優璃

そうだな0.005mm程度の大きさで水分を含むからよく飛ぶ。そして空気中に漂い空気感染ともなる。結核が有名だな。

そう思うと身近には感染経路は山ほどあると思う。山吹は自分の両手を見る。自分もまた媒介なのかもしれない。

山吹 薫
山吹 薫

でもその病原体が体内に侵入して、定着して、増殖するのが感染の条件なら、どれかだけを防ぐって訳にもいかない様な気がします。

石峰 優璃
石峰 優璃

飛沫を防いでも空気中に漂っているかもしれない。飛んだ飛沫がどこかに付着しそれに触れているかもしれない。そしてマスクも万能では無いからな。

山吹 薫
山吹 薫

マスクは確か飛沫を防ぎ、空気感染を抑える効果が高いですが、だけどもだからと言って体内にウイルスといった病原体が入るのを完全に防げる訳でもないですもんね。

石峰 優璃
石峰 優璃

そうだな。マスクを触れた手でそのまま口に触れてしまうと、体内に病原体は侵入する。それにウイルスなどは通過する可能性も高い。まぁ人混みの中に行かざるを得ない時には、自分が感染源にならない様に使用する必要はある。だけどもマスクを付けていれば大丈夫という観念は、別にしておかなければならない。

なるほど。と山吹は思う。何にでも根拠があってそれを理解していないと、不安に駆られる。自分が楽観的なのも病院に居るからかもしれないとも思う。

石峰 優璃
石峰 優璃

そして一番危険なのは大丈夫だろう。という今の君の様な気持ちである所だな。全てを疑えとは言わんが、それでも自分は大丈夫だろうという気持ちの持ちよう自体が感染経路になる事も有ると私は思うよ。

山吹 薫
山吹 薫

・・・なんで人の心が読めるんですか。

石峰 優璃
石峰 優璃

君が余りに分かりやすい表情を浮かべるからな。患者を守る為に私たちがキャリアになる訳には行かないからな。それに君は無理して出勤してきそうだからな。無理せず休めよ。

山吹 薫
山吹 薫

その時にはお言葉に甘えて休ませて頂きますよ。

山吹は口を尖らせてそう答える。自分はそんなに分かりやすいか?そう言われたのは始めてだな。笑みを浮かべる石峰の前で山吹はそう考えた。

山吹薫の覚え書 18

・感染とは病原体が体内に侵入し、定着し、増殖する事で成り立つ。

・感染経路には種々あるが、どれかを断ったからといって安心はできない。まずは自分がキャリアとして病原体を運ばない。

・主任は人の心が読めるのか?

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』

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