血圧の話 その③ 〜低血圧が招く臨床での問題〜 【山吹薫の昔の話】

山吹薫の昔の話

ふぅむ。と山吹薫は自身の頭の中の活動が徐々にペースダウンしているのを感じる。主任はというと、いつの間にか黒い犬のマグカップにコーヒーを並々と注いでいる。緩やかに立ち昇る湯気を煩わしく石峰優璃は見つめていた。

石峰 優璃
石峰 優璃

どうしてこうもインスタントコーヒーは熱いのだ。

山吹 薫
山吹 薫

また無茶を言ってますね。氷でも入れたらどうですか?

石峰 優璃
石峰 優璃

それでは良い所もまた無くなってしまう。難儀な事だ。

山吹 薫
山吹 薫

どんな拘りですか。

呆れる山吹を他所に石峰は怪訝そうに湯気を見つめている。何とも生き辛そうだと山吹は思う。

石峰 優璃
石峰 優璃

それでは丁度良い温度になるまで話の続きをしようか。高血圧の事は大体概要は分かったな?それではその逆はなんだ?

山吹 薫
山吹 薫

低血圧って事ですね。慢性的に血圧が低値を示す。という事ですか?

石峰 優璃
石峰 優璃

まぁそういう事だが、これに関しては一過性に、極端に血圧が低くなる事も問題だと思うね。

山吹 薫
山吹 薫

起立性低血圧・・・みたいな事ですか?

そうだな。と石峰は、マグカップを持ち続けるのを諦めたのか山吹のデスクに置く。若干の酸味を感じさせるその香りもまた湯気に合わせて立ち昇る。

石峰 優璃
石峰 優璃

アダムストークス症候群。まぁ一過性の血圧の低下、これは心拍出量の低下かな。心臓を動かす神経の経路に異常があり、脈が遅れる。そして血圧も低値だと一時的に意識消失を来す事だな。

山吹 薫
山吹 薫

ペースメーカーの適応ともなる症状ですね。

石峰 優璃
石峰 優璃

他にも有名なのは起立性低血圧だね。こう立ち上がった時に目の前が真っ暗になるような。一時的に意識消失を示す事だな。血液も重力の影響を受けるから血が下に溜まって戻ってこれなくなると、心臓も送り出す血液がないから血圧も保ちようがない。

山吹 薫
山吹 薫

長期の寝たきりで起きる時や、足の筋肉がひどく痩せたり動かす機能を失うとそうなる時がありますね。

石峰 優璃
石峰 優璃

後は高度の脱水症状だな。循環させる血液も乏しければ血圧も保てない。

山吹は水が半分だけ入ったペットボトルを思い浮かべる。横倒しの状態からまっすぐ立てると下に水が溜まる。そして頭の方へは血が昇らない。

石峰 優璃
石峰 優璃

酷い的には脳に血が昇らないから、一過性の脳血管障害の様な症状を来す時もある。長期に渡れば脳に血流が至らないからな。だから脳梗塞を起こした時や、首の動脈が狭窄している時にはある程度血圧を保つ必要がある。

山吹 薫
山吹 薫

それは怖いですね。そういう方を離床する際には主治医とよく相談しなければなりませんね。

石峰 優璃
石峰 優璃

私たちがここで行うリハビリもまた治療の一つだからな。医師の処方が必要だ。そしてもちろん心筋梗塞の既往があれば心臓の収縮する力自体が弱い事もあるし、心臓の部屋を分ける弁・・・扉の様なものだな。それが硬く変性していると血を送り出そうとしても逆流したり、そもそも送り出せない。もっとも心臓から出る大動脈弁に生じると大きな問題になる。

山吹 薫
山吹 薫

弁膜症の手術が必要となる事もありますね。まぁまだ僕はそういう患者のリハビリはできませんが・・・

そのうちな。と石峰は答える。いつだよと山吹はそう尋ねたくなったが口を紡ぐ。そしてようやく主任にとって丁度良い温度となったのか、石峰はマグカップを恐る恐る口に運んでいる。

石峰 優璃
石峰 優璃

後は食後なんかは腸管に血が巡るから血圧も低値を示しやすい。そして心臓も血管も自律神経の支配を受けるからその影響も大きいな。

山吹 薫
山吹 薫

交感神経と副交感神経ですね。体に活気を満たす神経と、リラックスさせる神経という事ですね。

石峰 優璃
石峰 優璃

段々と説明が上手くなってきたな。疲労の蓄積や生活リズムの変化からそのバランスが崩れる。よって基礎疾患が無ければ生活習慣を正せば良いのだけど、そうならない時がある。

そういえば自分もまた朝は血圧が低く目が覚めない。生活習慣には気をつけているつもりだけど、個人因子も大きいのかもしれない。とも思う。

山吹 薫
山吹 薫

それはどんな時ですか?

石峰 優璃
石峰 優璃

頸髄損傷といった自律神経、特に首を通る脊髄を損傷されると、それより下で働く交感神経の働きに影響を及ぼす。それに足の筋肉も収縮ができないために起き上がる事で血圧低下を来す。それに心疾患の合併をしていると離床自体が困難な時もある。その時にはカテコールアミンを使用し昇圧をする事もあるがそれもまたずっとは使えない。負担が大きいからな。

山吹 薫
山吹 薫

そういう方はどうやって離床を行うのですか?

石峰 優璃
石峰 優璃

それは追い追い話そうか。何事も順序が大切だよ。

またか。と山吹は口をへの字に曲げるが、本題から逸れるのもまた問題かもしれないと素直に納得をする。

山吹 薫
山吹 薫

ともかく血圧を適正に保たなければならない理由はしっかりとわかりましたよ。

石峰 優璃
石峰 優璃

まぁ大体は話したかな。知っているか?コーヒーに含まれるカフェインだって薬学上は中枢神経興奮薬、精神刺激薬とも言うんだぞ?

山吹 薫
山吹 薫

なるほど、だから主任はそんなに元気なんですね。

まぁな。と石峰は答える。言葉短く放たれた言葉に何か引っ掛かるのを山吹は感じたが、それが何なのかは分からない。

石峰 優璃
石峰 優璃

まぁ君にはまだまだ時間があるんだ。ゆっくり学べ新人君!

山吹 薫
山吹 薫

だからその言い方は・・・

なんだ?と尋ねる石峰に山吹はいいえと首を横に振る。しかし大切だとはいえ主任は死に近付くような話ばかりする。そんな事が疲れ果てた脳裏の端っこに、僅かに瘤のようなものを作るのを感じた。

山吹薫の覚え書 7

・過度な血圧の低下は意識消失を起こす。心臓の疾患、特に拍動が緩やかになるような時には要注意。

・自立神経に影響を及ぼす障害にも注意。脱水の所見もまた注意してみる。

・当分僕はまだ新人君の様だ。 

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』

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