束の間の話 その② 〜後輩指導と患者指導〜

総論

山吹は慣れた手つきで、進藤の店のドアを開く。

そのドアには薄っすらと『BAR AfterDinner』と描かれている。

誰が気がつくのだろうか。といつもそう思う。

進藤守
進藤守

いらっしゃい。最近よく来るな。

山吹 薫
山吹 薫

来ちゃダメなのか?売り上げには貢献しているだろう。

進藤守
進藤守

俺には一銭も入ってこないからな。

そう言って、山吹がカウンターに着くと進藤はグラスを二つ用意し、琥珀色の液体を注ぎ込

山吹 薫
山吹 薫

まだ注文はしていないよ。

進藤守
進藤守

どうせ散々悩んだ挙句、いつものこの酒だろうに。

ラフロイグ、そうラベルには書かれている。山吹は言い返さずにグラスを手に取る。

進藤守
進藤守

・・・で白波ちゃんとはうまくやってるか?

山吹 薫
山吹 薫

この前の事か?勝手に復活してきたよ。

進藤守
進藤守

そりゃよかった。心配して損だったな。

心配はしていない。そう山吹は答える。

進藤守
進藤守

まぁ多少嫌な目を見ても、仕事の報告以外で訪ねて来るなら、決して悪くは思われてないだろうに。

山吹 薫
山吹 薫

どうだかな。でもまぁ勉強はしているみたいだよ。

進藤守
進藤守

真面目な子だからな。追い詰めすぎないようにな。お前とは違うんだから。指導しているとつい自分の物差しで相手を図って、結局指摘で終わってしまう事もある

山吹 薫
山吹 薫

なんだ、いきなり説教か?

進藤守
進藤守

助言だよ。そして白波ちゃんの事は何かわかったか?

ふむ。と山吹は顎先に手を当てる。口に出そうかどうかを考えている。いつもの仕草だと進藤はそう思う。

山吹 薫
山吹 薫

どうやらお菓子が好きらしい。いつもバクバクと口に運ぶ。この前何を勘違いしたのか、甘いものが苦手な僕にお裾分けをしていた。

進藤守
進藤守

そうか。他には?

山吹 薫
山吹 薫

・・・・お茶が好きらしい。

そこで山吹は語るのをやめる。進藤はがっくりと肩を落とす。

進藤守
進藤守

中高生の男子では無いんだから。

山吹 薫
山吹 薫

うるさいな。そんな会話をしている暇など無いよ。業務のフィードバック、基礎からの講義。やる事は沢山だ。

進藤守
進藤守

お前がな。彼女では無い。日常会話とかはしないのか?

山吹 薫
山吹 薫

だからそんな暇はない。

ふん。と山吹は鼻先を上げて視線を逸らす。これは頭でも理解していても口には出したくない。そんな仕草だと進藤は見ていた。

進藤守
進藤守

業務態度や知識以外にも後輩の事を知らないと、一方的な押し付けになると思うんだがね。何事も。

山吹 薫
山吹 薫

そんな会話をして、パワハラだ、とかセクハラだとか言われるのは関の山だろうに。

進藤守
進藤守

それは関係性の問題だろうに。それに白波ちゃんはそんな子か?

山吹は考える。幾度も休憩室で講義にもよく似たフィードバックを行った。不快であるならばとっくに来てはいないだろう。

進藤守
進藤守

まぁ。度を過ぎれば薫の言う通りに相手は不快になるのかもしれない。だけどもそれは互いの心の持ちようだろう。ちょっとした声掛けで相手の気の持ち様は随分と違う。それは患者指導も後輩指導も同じだろうに。

山吹 薫
山吹 薫

それは分かっているよ。やっているつもりだが、やはり難しいな。

進藤守
進藤守

歳をとると純粋な気持ちも忘れるものだな。距離が離れれば離れるほど。教えれば教えるほど逆に相手が見えなくなるよ。

山吹 薫
山吹 薫

かといって友達では指導はできないだろう。

進藤守
進藤守

それも患者指導と同じだな。

そうだな。と山吹は空になったグラスを傾け、目の前の進藤に向けてカウンターを滑らす。進藤は再びグラスに琥珀色の液体を注ぐ。

共にこの年齢となると同期入社と言えど、初めての病院という訳でもない。山吹にも指導者が居たのは知っているし一度会った事もある。

とても騒がしい夜だった事もまた覚えている。

進藤守
進藤守

とにかく、そろそろ昔の指導者の事を思い出しても良いのではないか?そこから自分がどうするのかを決めるのも一つだろう。

山吹 薫
山吹 薫

それは思い出したくはない。

進藤守
進藤守

無理に、とは言わないよ。

進藤は棚を開く。黒い箱から何やら取り出し白い小皿に並べる。

山吹は首を傾げる。

進藤守
進藤守

チャームを出し忘れていたよ。甘いのが苦手なお前でも、これくらいなら食べられるだろう。

山吹 薫
山吹 薫

なんだこれは?

山吹は小皿に並べられた細長いチョコレートを眉を顰めて口に運ぶ。甘いというより少し苦い。オレンジの香りが口に広がる

進藤守
進藤守

オレンジピールのチョコレートだよ。後で店を教えてやるから、お返しでもしたらどうだ。

山吹 薫
山吹 薫

なんで僕がそんな事を?

進藤守
進藤守

お菓子を貰ったのだろう?お返しするのが筋だ。

山吹 薫
山吹 薫

そういうものか?まぁ気が向いたなら。

そうかと。進藤はそう返す。なかなかに不器用なこの友人も努力はしているらしい。チョコレートを齧る友人を眺めつつ進藤もまたグラスを空にする。

山吹薫のメモ 2

・後輩を自分の物差しで測らず指導する必要がある。

・教えれば教えるほどお互いの立ち位置がわからなくなる。

・患者指導の時と同じように互いに信頼を得なければならない。

・菓子のお返しをするかどうかは検討課題である。

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