幕間の小噺 その④ 〜僅かばかりに幸せな過去の鎖〜

総論

私は集中治療室のモニターの前で、カメラの前に映し出される家族を眺めている。

先日高度の脳出血、それに伴う開頭血腫除去術を施行された。年端は私と同じくらいだろうか。そんな風に思うと不思議な気がした。

子供はまだ小さく、それでも現状を理解しているのだろうか泣きじゃくっており、夫もその患者の手をしっかりと握っている。

血腫を除去しても尚、脳のダメージは深刻であり、医師より最悪の自体も加味した説明がされた後である。

こんな時には家族との時間もまた重要だ。それ自体が刺激ともなるし、その時間はこの先は重要な事にもなる。

もちろん回復を誰でも望む、それでもそうならない時もまた多い。

私はもう一度そのモニターを見る。私とは全く違う人生を歩んできた彼女は、今深い深い眠りの中で何を思うのかと考えてみた。

家族に見守られて、そしてこれから全てが始まる瞬間。

そんな時にも疾患の発症は容赦無く訪れる。

その事により今まで描いていた未来は破綻する事にもなる。そしてそのために生きてきた事は過去になる。

過去・・・厄介なものだなと私は思う。これから生きていく未来以上に自分自身を縛る。

もちろん思い出す事で心地よくなる事もまたあるし、それ自体が後悔を呼び起こす事もある。

無情なほどの理不尽な出来事や自分の境遇、そして僅かばかりの幸せな時間。

しかしそれは振り向けばこそ見えてくるのにも関わらず、それでいて前を向いていると見える事はない。

私は今どこを向いているのだろう。そんな事が気にかかる。成り行きとは言え、私は今臨床の場に戻ってきている。それは以前の私が離れた過去であり、もう思い出す事はなかった場所だとも言える。

僅かばかりの良い思い出と共に・・・

私はモニターから踵を返して集中治療室を後にする。今私が彼女たちに出来る事は無い。

どういう結果になれ、今がいつか過去になる時に向き合う事が出来るように、これから長い旅は始まる。その時に背中を押してくれるのは過去であるのだから。

だけどもそれは過去にしっかり向き合ってきた人にだけ訪れる。私のように逃げ出した者に残るのは後悔と思考を過去に引き戻そうとする鎖だけなのだけど。

私は出来るだけ皮肉に自分自身を笑ってみた。

それでも僅かばかりの幸せな日々はいつだってこの場所に私を引き戻す。あの新人にはこんな顔は見せられないな。そう思うと何だか心が軽くなるのを感じるのだった。

【〜目次〜】

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