休憩室に差し込む西日は、深く深く伸びている。
そして山吹のデスクには、白波によって菓子の類が広げられた。
どうぞっす!休憩室名物のお菓子セミナーっす!
いつから名物になったんだ。それにお菓子について語るみたいじゃないか。
・・・頂きます。
上代はチョコレートを口に運ぶ。オレンジピールの香りがした。
しかし、先輩に何かを教わっているのに目の前にはお菓子が広がっている。
なんとも気楽な場所だと思う。
そして話の続きだが、肝機能の障害があったとしても症状の訴えがない事も多い。そして高齢者のリハビリをするとなると特に鑑別は難しい。
どういう事っすか?
百合・・・ちゃんと飲み込んでから話そうか。
うっす。と白波はそう答える。同年代のはずなのに、何故こうも違うのかなと山吹は頬杖をつく。
一般に肝機能障害があると疲労しやすいと言われる。
体の中の工場が疲れると、例えばタンパク質やビタミンなどの合成ができなくなるからですか?
そうだね。だけども普段リハビリをしていて、それだけで疲れているとは言えない場合も多い。普段の運動負荷や他の障害、例えば心肺機能の低下も合併している患者もいる。それ故、厳密に肝障害のみによる症状の訴えとは言えない事も多い。
なんだかんだで若い時の頃みたいにはいかないものっす。
君はまぁ大丈夫そうだけどな。
どういう事っすか!と白波はそう返す。山吹さんも十分若く見えるけど一体幾つなのだろうか。なるほど年齢不詳だと上代は思う。
ならなおさら肝機能が低下しているから疲れやすい。と決めつけてはいけませんね。
そう言う事だね。臨床では客観性を失うと視野も狭まる。例えばAST(GOT)やLD(LDH)は肝障害によっても上昇するが、急性心筋梗塞後でも上昇する。そして急性心筋梗塞後に、多臓器不全を生じているならば、ほぼ全ての逸脱酵素に関連する検査データは上昇する。
なら尚更に判断がつかないと思うんですが・・・
ん?でも肝機能障害より心臓とかそっちの障害の方が怖いっすけど。
両ほほを膨らましながら白波はそう答える。ふむと山吹は頷いた。
ごく稀にこの子は確信を突く事があるのが不思議だった。
お菓子を口いっぱいに含んで入るが、確かにそうだ。特に緊急性のある症状から優先して念頭に置く事が大切だよ。それで検査データを見る目も変わる。診断名と既往歴を意識しすぎると判断を誤る事も多い。
なるほどですね。とりあえず沢山勉強しなきゃいけない事はわかりました。
ふふん!一緒に勉強っすねー。
なんで百合がそんなに得意気なんだ・・・
別にーと白波は答えている。上代は右手を猫の手にして額に当てる。
だけどももし君が言うように肝機能障害を何らかの原因で呈している時には、運動負荷に注意しなければいけない。
疲れやすいから運動負荷を下げるという事ですか?
極端に下げる事はしないで良いけれどね。消化管で消化吸収された栄養は門脈を通って、まぁ合流して肝臓に運ばれる。その工場が破綻していれば当然体に必要な材料は作られない。
筋トレしても筋肉にならないという事っすか?
それどころか逆に痩せていく事もある。だけども運動しなければ体力は低下する。よって低負荷高頻度の運動を提供しつつ、症状の改善をモニタリングし、運動内容を変化させていくんだよ。
気をつけて考えてみます。
筋トレしながら痩せるって嫌っすねぇ。と白波は口を尖らせている。
でも高度に肝機能が障害される人もいると思います。その時はどうしたら良いですか?
もちろん積極的な運動は医師と相談する必要がある。例えば高度の肝硬変となり腹部の門脈が浮いて見える。もしくはポッカリお腹が膨らみ腹水が溜まっていたり体が浮腫んできたら要注意だ。
どうしてっすか?
それはもう血液が十分に肝臓を通過していないという事だからね。解毒も合成もあったもんじゃない。体が黄色くなり、体の中に毒素が溜まり、肝性脳症を呈する事もある。その時には運動は毒ともなり得るから注意だ。
文字通り、肝に銘じておきますね。
うん。と山吹は笑みを浮かべる。上手い事をいうものだ。そう思った。
しかし、あんなに疲れ果てていたのに何でそんなに元気になるんだ?
何がっすか?ちゃんと休憩したっすから大丈夫っす。それに聞いてくださいっすよー、この子は多分ビール5Lくらい呑んでるのにこの調子っす。注文の度に店員さんの顔が引きつってたっすもん。
ちょっと百合。そういう事は今はよいだろう!
それは・・・凄いな・・・
山吹は目を丸めながら、僅かな時間で元気になる白波もまた凄いと思う。
上代は顔を真っ赤にして目を伏せ肩を丸めている。
今度は先輩に奢ってもらうっすね。大還元セールっす。
その時は・・遠慮なくお願いします。
それで何に対しての還元なんだ?
別にーと白波は答え、山吹は目を細める。
上代はその時二人はどんな会話をするのだろうと想像してみた。
しかし、いくら考えてその情景が頭に浮かぶ事はなかった。
白波百合のノート 24
・肝機能が低下しているからといって、それだけに囚われない。
・肝機能が低下しているなら運動の内容や量を調整しながらリハビリを進める。(高負荷は控える。)
・重篤な肝機能障害が疑われる症状、静脈の怒張や腹水、浮腫などが見られたらまずは医師に相談!
・先輩と呑みに行ったとして、一体何の話をしたら良いのだろう。
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