脳卒中の話 その③ 〜脳卒中でやるべき事〜 【山吹薫の昔の話】

山吹薫の昔の話

はてさて面白い事になったわね。カルテを覗き込みながら、あれこれ話し込んでいる二人を眺めて高橋美奈はそう思う。

高橋 美奈
高橋 美奈

それで?薫ちゃん。どうやってリハビリテーションを進めようか?

山吹 薫
山吹 薫

だからその呼び方はやめてください。

石峰 優璃
石峰 優璃

いいじゃないか。可愛らしくて。

可愛らしくないです。そう山吹薫は石峰優璃に目を細めてそう答える。なんとも可愛らしいわねと高橋もまた目を細める。

山吹 薫
山吹 薫

それはもちろん早期離床でしょう。覚醒状態を上げつつ早期歩行を目指します。

石峰 優璃
石峰 優璃

ふむふむ。なるほど。もちろんそうでは有るが、発症初期では血圧のコントロールが重要となる。治療の経過に合わせて主治医と相談しながら進めなければならない。

高橋 美奈
高橋 美奈

そうね。脳梗塞の場合には血圧をある程度高く保てないと、脳の還流量が低下して梗塞部位の改善を妨げるわ。そして脳出血だと血圧を高くし過ぎると再出血のリスクも高まるの。

むぅ。と山吹は口をへの字に曲げる。その視線はまっすぐと石峰を見ており、薫ちゃんはこんなに喋る子だったかしらと、高橋は人差し指を顎先に当て首を傾ける。

高橋 美奈
高橋 美奈

それに覚醒状態が上がらないと、やっぱり血圧は主治医の指示範囲を保てない事があるの。離床許可が出てもね。その時には血圧を保つ為の努力をしなければならないの。

石峰 優璃
石峰 優璃

安静時から低い場合には治療の必要性から、カテコールアミンや降圧剤にて血圧が保たれている。だけども離床すると血は足に向かうから、軽い意識障害や新規の症状が出現する事もある。よって単純に声かけや会話、そして可能であれば運動を促しながら離床を進める。

山吹 薫
山吹 薫

なるほど。そうすれば交感神経も刺激できますし、異常があった際に直ぐに分かりますしね。

その答えに満足したのか、ふん。と石峰は笑みを漏らす。そしたこんなにも素直に笑みを浮かべる子だったかしら、と高橋は再び首を傾ける。

石峰 優璃
石峰 優璃

ただ多くの脳血管障害には嚥下障害も伴う事を忘れてはならない。その為に呼吸リハビリテーションも有効であるし、呼吸器合併症は治癒を遅らせる事も多い。

高橋 美奈
高橋 美奈

そして元々認知症を患っていると意識の変化がわかり難い事も多いの。高次脳機能障害なのか、認知症なのか、そしてそれがどう変化していくのか。それは私の腕の見せ所ね。

山吹 薫
山吹 薫

その時には素直に相談させて頂きます。

もちろんと高橋は自分の胸を叩いてみせる。なんでも一人でやろうとする新人だったけど、成長したものだと感じた。本当にしばらく見ない間に人は変わるものだなと思う。

石峰 優璃
石峰 優璃

治療が功を奏して順調に回復していれば、典型的な麻痺症状というより、筋肉の力が出し難い状況に留まる事も多い気がするな。治療方法の発展と早期リハビリテーションの一般化で、高度な麻痺というものは少なくなってきているかもしれないな。

山吹 薫
山吹 薫

それは良い事でしょうね。教科書で見るような麻痺・・・というものは此処では少ないような気がします。

高橋 美奈
高橋 美奈

でも上手くいかない時には徐々に筋肉の緊張がコントロールできなくなったりしてくるの。そして何よりも自分が動かせないんだと思ってしまったらいよいよ動かせなくなるから注意ね。私たちがそう思わせないように。

まさかこの二人の距離が近付くなんて思わなかったなと高橋は思う。いや、この気難しいというか難解な主任ちゃんと、こんなに一緒に話せる人自体が少ないというのに。

高橋 美奈
高橋 美奈

それにね。麻痺は軽度で歩けるようになって、それで直ぐ退院!という訳にはいかないから困りものよね。高次脳機能障害というものが存在して、離床し始めた段階では頭がぼぅっとしているだけでも、次第に日常生活を送る中で明らかになってくるものも多いの。

石峰 優璃
石峰 優璃

それは美奈のような作業療法士や言語聴覚士に任せている部分が多いが、我々も知っておけなければいけない知識だな。それに関してはまた新人君に聞かせてもらおうか。

山吹 薫
山吹 薫

それには同感ですが美奈さんから教えて貰った方が良いのでは?

私も聞きたいなー。と高橋が話すと山吹は露骨に眉間にしわを寄せている。なんとも可愛らしいものだと高橋は再びそう思う。

石峰 優璃
石峰 優璃

そして最初に言っておくが、すべての患者をこの救急科から自宅に帰す事は出来ない事を考えておく事だ。リハビリには長い時間が掛かる。自宅に帰るためにはやらなければならない事が沢山ある。

山吹 薫
山吹 薫

買い物とか車の運転とか、人によってはお仕事という事ですね。

高橋 美奈
高橋 美奈

それも大切だね。他にも再発予防のために生活指導や定期的な運動習慣の獲得もまた必要なの。再発したら治療すれば良いだなんて考えは持たせない事ね。再発するたびに運動も脳の機能も一段階低下する事もあるんだから。

もう随分と一緒に主任ちゃん、いや主任と呼ばれる前の優璃とは働いてきたけど、この子も歳をとって丸くなったのかな。と高橋は視線を和らげる。

石峰 優璃
石峰 優璃

ただやはり加齢と共に発症のリスクは高まる。それは他の血管の老化などの影響も強いのだけどな。

高橋 美奈
高橋 美奈

そうよね。昔ならば自然だった事が医療の発達によって不自然になる事もまた課題よね。だけども最期の最期まで元気でいたいのは誰でも一緒!いくら歳を取っても昔と同じ生活はしたいもの。

山吹 薫
山吹 薫

そうですよね。気をつけてください。

高橋 美奈
高橋 美奈

・・・なんだって?もう一度言ってごらん?

一瞬の静寂の後に山吹は高橋に氷よりも冷たい視線を浴び山吹は筋を伸ばす。やはりなんて生意気な新人ちゃんなんだろう。高橋はため息と共にそう考えた。

山吹薫の覚え書 34

・主治医からの血圧指示の元、厳守しながら離床を行う。その際に会話や運動の変化を見逃さない。

・歩けるからといって、その人を生活に対する高次脳機能障害の影響も忘れない。

・高橋美奈の前では発言に気をつける。

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』

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tanakannaika|note
理学療法士でパーソナルトレーナーなブロガーです。また動画編集や過去には脚本執筆や演出、撮影、編集など多岐に渡って活動しておりました。楽しみながら学べる『内科で働くセラピストの話』を執筆中。

ちなみに千奈美さんの第一話はこちらから

その1 『伝えたいことを思い出せない』|tanakannaika|note
ここはとあるクリニックのリハビリ室。そこには僕こと、高橋を含めた4人のリハビリスタッフがいる。そしてそこの主任は千奈美さんであるのだ。 瞳と同じくらい小さな整った丸顔で、それに合わせて栗毛が緩く巻かれている。 そして業務の終わり、僕は千奈美さんから呼び止められた。 「高橋くん高橋くんちょっと待ってー!」 「そん...

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