山吹薫の想い出 その② 〜変化する環境因子〜

山吹薫の想い出

夜の帳もすっかりと落ちて、週末の街は賑わっている。そして自分の店はその喧騒とは程遠い所にあって、それが好きだったのだけど・・・・

と進藤守は目の前に広がる光景に、只々唖然としながらグラスを拭いている。

山吹 薫
山吹 薫

どうした?客が目の前にいるんだぞ?

石峰 優璃
石峰 優璃

まぁ、よしなに頼むよ。

女っ気など微塵も無かった山吹薫が女性を連れて来ている。

しかもあの例の主任を・・・である。

進藤 守
進藤 守

此れは此れは珍しいお客様で・・・

石峰 優璃
石峰 優璃

この前はすまんな!まぁ今日はそういう事は無しにしようか。

山吹 薫
山吹 薫

ここでも口頭試問が始まったらどうしようかと思っていましたよ。

石峰 優璃
石峰 優璃

私だって場をちゃんと弁えるぞ。

石峰優璃は両手を腰に当てて精一杯身を仰け反らせる。真っ白のコートは着る人を選ぶが、この幼い主任にはよく似合う。

若干さらに幼くは見えるのだけれど。と進藤は思う。

進藤 守
進藤 守

それで何をお呑みになりますか?

石峰 優璃
石峰 優璃

ふむ。正直酒は好きだがあまり詳しくは無いのだ。

山吹 薫
山吹 薫

意外ですね。何でも詳しいと思っていましたよ。

石峰 優璃
石峰 優璃

私だって知らない事は沢山ある。おっ良い形の酒があるではないか

石峰の指差す方向を進藤は見る。そこには王冠を模ったウイスキーのボトルが見える。それは淡い琥珀色の光に揺れながら佇んでいる。

進藤 守
進藤 守

良い酒を選びましたね。カナディアンウイスキーで、かつてはイギリスの王がカナダを訪れた際に献上されたと言われるお酒です。

石峰 優璃
石峰 優璃

ふむ。尚更気に入った。その酒をロックで貰えるかな。

山吹 薫
山吹 薫

なんともまぁ、ご自分にお似合いなお酒を選ばれるのですね。

どういう事だ?と石峰は山吹に流し目を向けながら首を傾けてみせる。間接照明は揺れる髪を照らし、淡いその光が透過する線の細い揺れた髪は、ぼんやりと黄金を纏った。

山吹の言葉を聞いて進藤はまさしく女王だと思った。そしてそれぞれに酒を注ぎ入れる。

山吹 薫
山吹 薫

やっぱりお前も呑むんだな。

進藤 守
進藤 守

まぁ道楽でやっている店だからな。

石峰 優璃
石峰 優璃

まぁ良いではないか。さぁ諸君。良い夜を過ごそう。

交わされたグラスは乾いた音を立てる。職場を離れたら同じ人間だ。

だからこそ交わされる言葉もある。きっと良い夜になる。

・・・と進藤はほんの2時間前までそう信じていた。

石峰 優璃
石峰 優璃

だ・か・ら!なぜヤギの目はマイナスの形となっているのだ!

山吹 薫
山吹 薫

それは外敵から逃げるためでしょう!マイナスであるからこそ、こう横に広く見る事が出来る!

石峰 優璃
石峰 優璃

ならばより巨大にすると良い。上下が見えんだろう上下が!

山吹 薫
山吹 薫

だからそれは・・・

進藤は至極どうでも良い事、いや本人達にとっては至極重要な事なのだろうけど、進藤はその無駄にも思える討論を呆然と眺めていた。

そして石峰はグラスを自分の目の高さまで掲げて、むぅと目を細める。

石峰 優璃
石峰 優璃

それにウイスキーという飲み物も不思議なものだ。要は大麦と水を発酵、蒸留させて樽で寝かせる。微妙な違いはあれど製法は大まかには同じだ。なのにこうも種類がある。

進藤 守
進藤 守

水の違いや樽の違い、その風土の影響も受けて多彩な味を彩るらしいですよ。

石峰 優璃
石峰 優璃

ふむなるほど、環境因子か。

山吹 薫
山吹 薫

いやいや、そもそもの個人因子もまた大きいでしょう。

ボトルはもう半分程になっているから二人とも酔っているのだろう。それにしてもよく呑むものだと感心しつつ、進藤は結局の所似た者同士なのだとグラスを口に近付けた。

そしていつしか山吹はカウンターに突っ伏して寝息を立て始めている。

石峰 優璃
石峰 優璃

なんだまだまだ宵の口なのにもう寝るのか。

進藤 守
進藤 守

そうですね。しかしもう深夜を回りましたから。

もうそんな時間か。と石峰は隣ですっかりと酔い潰れている山吹をチラリと見ると、進藤の瞳を真っ直ぐと見る。それはまる心の奥まで射抜くみたいに真っ直ぐだと進藤は感じた。

石峰 優璃
石峰 優璃

君と新人君は仲良しなんだな。

進藤 守
進藤 守

まぁ同期ですからね。それにこいつは友達も少ないですから。

石峰 優璃
石峰 優璃

そうか・・・この先、きっと私はこの子を傷付ける。その時はまた・・・よしなに頼むよ。

意味を捉えきれずに進藤は目を丸める。そして石峰は二人分の代金よりちょっと多い金額をカウンターに置き、新雪の様に白いコートを羽織る。その色だからなのか、その姿は酷く儚く進藤には見えた。

石峰 優璃
石峰 優璃

それにしても静かで良い店だな。また来よう。

進藤 守
進藤 守

どうぞご贔屓に。

それではな。と片手を挙げた石峰は一度山吹を見た後、振り返らずに店のドアを開けた。

それを見送り進藤はカウンターで寝息を立てる山吹を一度見る。

コイツがそんな玉かねぇ。そう今日の余韻に浸りながら、残ったウイスキーを口に含む。燻んだ香りはいつまでの鼻腔の奥で漂っているのを感じた。

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』

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