脳卒中の話 その⑤  〜リハビリ中に起こる急変リスク〜 【山吹薫の昔の話】

山吹薫の昔の話

こうやってリハビリを始める前に、チームで会話するのは良いものだと進藤守はそう思う。そして目の前には飛びっきりの美人がいるから尚更だ。

進藤 守
進藤 守

そして・・・脳卒中のリハビリを進める時に気を付ける事って何ですか?

山吹 薫
山吹 薫

転倒や、やはり呼吸器合併症の事ですか?

二人を見て高橋美奈は、ふふと再び笑みを浮かべる。しかし全ての仕草が緩やかで何とも美人だと改めて進藤は思う。そして主任と良い、こんな二人と同僚の山吹薫が少し羨ましい。

高橋 美奈
高橋 美奈

そうね。まずは呼吸器合併症。入院中に肺炎を起こす特に誤嚥性肺炎が怖いの。もちろん口から食べていなくても、誤嚥性肺炎を起こすという事は知っているわね?

進藤 守
進藤 守

もちろんっす!誤嚥性肺炎を起こすのは何も食べ物だけではありません。唾液や鼻汁もまた本来は外に出すか、胃の中で消化されますからね。だけども呑み込みの力が弱まるとそれが出来ません。それで気管に入り込むと容易に肺炎を起こします。

山吹 薫
山吹 薫

それに十分に目も開いていない状態だと、口の中のケアも自分では出来ないからな、そこで雑菌が繁殖し垂れ込む事でも肺炎を起こしますね。虫歯もあったら特にですし、口腔内のケアは十分に必要です。それはコイツに任せましょう。

こーら。と高橋は山吹の眉間を人差し指でこずく。なんでコイツだけと進藤は目を細める。だけども脳卒中の急性期において、呼吸器合併症を起こさない事は自分の使命だとも思う。

高橋 美奈
高橋 美奈

誤嚥性肺炎予防を言語聴覚士さんに丸投げして、早期歩行を進めます!早期離床を進めます!みたいな理学療法士は嫌われちゃうわよ?呼吸器合併症予防のために薫ちゃんが何か出来る事は無いのかしら?

山吹 薫
山吹 薫

・・・呼吸リハビリテーションもまた脳卒中の急性期では必要になりますね。麻痺の評価だけではなく呼吸の評価も行わなければなりません。そして痰が自分で出せない人も多いですから、体をしっかり横に向けて気道が閉塞しないようにポジショニングも重要です。

進藤 守
進藤 守

それに口呼吸中心だったり、季節によっては口の中が凄く乾燥しやすくなるからな。部屋を加湿したりネブライザーの使用も病棟と検討してくれると有難いな。

高橋 美奈
高橋 美奈

そうそう。作業療法士の行う上肢の運動だって胸郭をしっかりと開くようにしたり、硬くなりやすい肩甲帯周囲の動きを出す事で、肺にたくさん空気が入って咳が強くなったりするのよ。だから大切!

なるほどなと進藤は思う。確かに職種は違っても目的は同じな訳だから、何もそれを自分だけの役割だとは考えないほうが良いのだと思う。視野もその分狭まるのだとも思う。

高橋 美奈
高橋 美奈

そして何も怖いのは呼吸器だけの合併症だけでは無いの。例えば今薫ちゃんが見ている人は心原性の脳梗塞でしょ?これは心臓から血栓が飛んで脳梗塞を起こしたって事。ならそれはどういう事かしら?

山吹 薫
山吹 薫

心臓にその血栓を作る要因があったって事ですね。弁膜症や不整脈などの、なんらかの心臓自体の病変もあったかもしれないと言う事ですね。

進藤 守
進藤 守

確かに。なら何も考えずに運動をやりすぎると心臓自体にも負荷を与えすぎる。という事・・・か。たくさん勉強しなきゃいけないなぁ。

高橋 美奈
高橋 美奈

そうね。酷い時には順調に離床が進んで運動していたのに、同時に心不全が進んでいたって事例もあるから要注意ね。

ここに来て例えば理学療法士が理学療法だけのような、得意分野だけの知識だけでは医療は回らない事を進藤は再び痛感した。あの主任と話した時以来だなと進藤は肩を落とす。

高橋 美奈
高橋 美奈

そして根本的に他の人もそうだけども、自分の事を自分で出来ないという事は、本来コントロール出来る事が出来なくなるという事も念頭に置いておかなければならないわ。まずは水が飲めなくなるわね。するとどうなる?

進藤 守
進藤 守

最初は水分で誤嚥するリスクが高いので制限はされますね。なので容易に脱水症状を来たしやすいです。そして脱水だと血圧のコントロールも難しくなるし、痰も硬くなるので離床が進みにくくなります。その所見を見つつ体内の水分量をチームで調整しなければなりませんね。

高橋 美奈
高橋 美奈

そうね。そして脱水が進んだら体の中の水が少なくなって、相対的にカリウムやナトリウムなどの電解質が多くなっちゃうわね。するとどうなる?

山吹 薫
山吹 薫

意識障害を起こしますね神経の伝達に関わる電解質のバランスが崩れてしまうと、それだけで意識障害が起きてしまいます。カリウムが過度に変化すると致死的な不整脈を引き起こしてしまいますね。

なるほどな。と進藤は思う。体の中のいろんな事は繋がっていて、その基本的な情報の先にリハビリテーションがあるのだと高橋の話を聞いていてそう思った。

高橋 美奈
高橋 美奈

そして状態が落ち着いていても、やはり脳卒中を発症した直後という事も念頭に置いておかないとね。例えばてんかん発作やけいれん発作を起こす場合も多いし、水頭症や脳の循環が一時的に破綻しする事で、緩やかに進行する症状や疾患もあるの。

山吹 薫
山吹 薫

確かにリハビリが順調に進めば進むほど、順調だと油断してしまいますね。

進藤 守
進藤 守

元気な姿を見ていて、良くなっていく姿を見ていて、それが急に破綻してしまうと、やっぱり家族を含む周りの人もショックだよなー。気をつけないと。

そうそう。と高橋は二人を眺めて笑みを浮かべる。そしてなるほどきっと子供扱いされているんだな。と進藤は肩を落とす。しかし本当にこの病棟は面白いなと進藤は思う。そしていつか専属になれないかとぼんやりと考えてみた。

山吹薫の覚え書 36

・まずは全身状態が安定しても合併症予防を行う。特に呼吸器合併症。

・その疾患を発症するに至った基礎疾患も見逃さない。そして脳卒中の急性期だという事を意識する。

・進藤が珍しく考え込んでいる。風邪か?

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』

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tanakannaika|note
理学療法士でパーソナルトレーナーなブロガーです。また動画編集や過去には脚本執筆や演出、撮影、編集など多岐に渡って活動しておりました。楽しみながら学べる『内科で働くセラピストの話』を執筆中。

ちなみに千奈美さんの第一話はこちらから

その1 『伝えたいことを思い出せない』|tanakannaika|note
ここはとあるクリニックのリハビリ室。そこには僕こと、高橋を含めた4人のリハビリスタッフがいる。そしてそこの主任は千奈美さんであるのだ。 瞳と同じくらい小さな整った丸顔で、それに合わせて栗毛が緩く巻かれている。 そして業務の終わり、僕は千奈美さんから呼び止められた。 「高橋くん高橋くんちょっと待ってー!」 「そん...

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