血液の話 その③  〜血を失うと何が起こるのか〜 【山吹薫の昔の話】 

山吹薫の昔の話

内海青葉は体を揺らしながら目の前で仏頂面を遺憾なく発揮する後輩を見る。なかなか勉強してるんだねー。そう思った。

内海 青葉
内海 青葉

ほらほら~敗血症では何故危険なのかなー?

山吹 薫
山吹 薫

むぅ・・・

石峰 優璃
石峰 優璃

あまりそう言うものじゃ無いよ。敗血症では全身で炎症が起きるな?もちろんそれで血管中に血液凝固が起こる、播種性血管内凝固症候群も恐ろしいが・・・全身で炎症症状が起きるとどうなる?

山吹 薫
山吹 薫

それは血管の透過性、まぁ細胞との行き来が活発になるでしょう。そしてそれが全身で起こったら・・・血管中に逆に血液が乏しくなりますね!

答えに行き着いたのか、山吹は目を大きく丸めて石峰を見た。それに石峰は満足そうに一度頷いてみせる。そのやりとりをみて内海は笑みを浮かべる。

石峰 優璃
石峰 優璃

そうだな。血圧が低下して致死的になるショック状態だな。テレビドラマでもよく聞くだろう?それは血圧が低下した事により、生体を維持するための血液が、脳を含む重要な臓器に行き渡らないことが最大の問題だ。

内海 青葉
内海 青葉

そうそう。ショック状態の多くは、そうだね。色々起きるけど一番イメージしやすいのが外傷とかの循環血液性のショックかなー?送り出す血が著しく失われて生命を維持できなくなる。

山吹 薫
山吹 薫

なるほど・・・なら心筋梗塞や致死的な不整脈などで心臓の機能が著しく低下して、血圧が保てない心原性ショックもそうですね。

内海はこの後輩の事がちょっとだけ心配であったが、これなら大丈夫だねーとちょっと安心する。あまりに真面目で熱心で頑なであったから。

内海 青葉
内海 青葉

そうだねー。高度に自律神経が障害されて血圧が維持できない神経原生のショックもそうかなー。

石峰 優璃
石峰 優璃

これらはコールドショックの分類になる。血液は温度もまた伝えるから体は冷たくなる。そして赤みも失われるから顔面や四肢は蒼白となる。そして酸素は足りず呼吸は切迫し呼吸不全に陥り、そもそも送り出す血液が失われているから脈拍は触知困難となる。それで体は必死に交感神経を賦活しようとするが、表面に温度がないから冷汗が生じる。そして体は虚脱する。これらはショックの5徴候だから、いざという時のために覚えておくといい。

山吹 薫
山吹 薫

そういう状況には陥りたくは無いですが、分類にもちゃんと理由があって、それを知らないといけないとは感じましたよ。

そうだな。と石峰は満足そうに頷く。それにしても素直になったものだと内海はそう思う。まぁこれだけの知識の差を見せられたらなーと石峰をちらりと見る。

石峰 優璃
石峰 優璃

しかし敗血症性のショックでは全身に炎症が生じている訳だから体は熱い。アナフィラキシーショックもそうだな。あれも過剰に体の中で炎症が起きている訳だから体が熱くなる

山吹 薫
山吹 薫

それでも血管の中の血液は血管の外に出ている訳ですから、血圧が保てずにショック状態に陥る訳ですね。

石峰 優璃
石峰 優璃

そして全身の機能障害を来して、死に至る。もちろん何もしなければだけどな。

内海 青葉
内海 青葉

そうだねー。コールドショックは超急性期や大きな外傷の直後に生じて治療がなされるけど、循環動態が不全の状態ではリハビリはできないよー。でも敗血症性のショックのためにボク達が出来る事もあるんだよー。

内海は正直、主任は教育者には不向きだと思う。セラピストとしては尊敬しているが、後続を置き去りにしてしまうほど真面目で熱心で頑なだ。

山吹 薫
山吹 薫

でもショック状態でしょう?できる事なんてあるんですか?

内海 青葉
内海 青葉

そうならないようにするのが大切だよー。敗血症性ショックというより敗血症に陥らないように関わらなきゃだめー。体の抵抗力が弱くなっている時に肺炎や中心静脈栄養、大きな血管から栄養を取っている状態とか尿路感染症でもそうだねー。それらが何度も起こるとリスクは高まるよー

石峰 優璃
石峰 優璃

そうだな。肺炎を長引かせないための呼吸リハビリテーション、早く経口摂取するための早期離床や言語聴覚療法、尿路感染予防のためのトイレ誘導の開始などかな。この病院のように救急救命の危機やシステムが整った環境ならば対処は可能だが、それがない一般病床や回復期病棟、施設で起きたら初手が遅れて致死的となる。

山吹 薫
山吹 薫

確かにそうですね。それに過度にフレイルの状態であればいつだってリスクはある訳ですから、恐ろしい話ですね。

山吹は眉をひそめて何やら考えている。石峰は山吹の視線の外で柔らかい表情をしている。こういう不器用な所は二人とも同じだねーとも思う。だから良いのかとも安心はできた。

山吹 薫
山吹 薫

なんだか話を聞いていると、当たり前の生活に戻ることがとても大変で重要だと思いましたよ。

石峰 優璃
石峰 優璃

まぁ私らの仕事は立てない人に立つ練習を一緒にやる。歩けない人に歩く練習をやる。何も学んでいなければ別に家族指導で終わるような仕事だ。だからこそどれだけ専門的な知識と科学的な根拠を持って、安全に上手くやらないとマンパワー以外の必要性はない。

内海 青葉
内海 青葉

それだけじゃないかもだけどねー。ともかく新人ちゃんが思っているよりやれる事は多いよー

なるほどですね。と山吹はまた何やら考え込んでいる。この子にもきっといろんなパーソナリティーがあるんだろうなー。そう思う。そして石峰の胸ポケットでPHSが鳴るのが聞こえた。

石峰 優璃
石峰 優璃

おっとこんな時間に新患か?すまんな。

山吹 薫
山吹 薫

すみませんこんなに付き合ってもらって。

内海 青葉
内海 青葉

主任さんも無理しちゃだめだよー!

おうと右手を上げて石峰は嬉々として駆けていく。こっちにも大層なパーソナリティーもありそうだけどねーと内海は思う。そして俯き何やらブツブツと統合と解釈を進めている山吹に、内海は体を大きく横に曲げてその表情を覗き込む。

予想通り。うひゃぁと新人ちゃんは情けない声を上げ、内海は満足そうに笑みを浮かべた。

山吹薫の覚え書 14

・なんらかの要因で血圧が保てなくなると必要な臓器に血液も行かない。それで致死的になるのがショック状態

・敗血症には高度にフレイルに陥っていると院内の合併症を繰り返す事でも生じる。よって予防のための介入もまた念頭に置く。

・内海青葉は油断がならない

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』

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日常の中に潜む非日常。日常生活からの脱却のためのマガジン。ちょっとした息抜きに細やかながらの書き物を。

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