血液凝固系の話 その① 〜値の必要性と病院での合併症〜

生化学検査

簡単な昼食を済ませた後、白波は病棟でカルテを読む。

午後からのリハビリの準備っす。

カルテを目の前にしてそこに並ぶ検査データは、以前よりも友好的だと白波は思う。そしてふらりと上代と坪井もまた現れた。

やる事は皆同じっす。白波は少し楽しくなる。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

なーなー あれ山吹さんちゃう?

上代 葉月
上代 葉月

本当だな。ここで見かけるのは珍しい。

二人の声に白波は振り向く。そこには病室で患者と向き合う山吹が見える。

山吹は重症患者の多い詰所近くの病室に居る事が多い。なので一般病床を離れて回復期病棟で見かける事は少ない。

白波 百合
白波 百合

確かに珍しいっすね。

上代 葉月
上代 葉月

百合は異動しても、まだこの病棟に来るんだな。

白波 百合
白波 百合

いやぁ。ここならゆっくりカルテ見れるっすから。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

ホンマは今のナースステーションに慣れてないんやろ?

むっ。と白波は口を噤み、坪井は笑みを浮かべる。

確かに緊急入院の受け入れもしている一般病床では心休まる所はない。

まだ慣れていないのも事実っすけど・・・と白波はあははと笑ってごまかした。

上代 葉月
上代 葉月

まぁそれは良いだろう。それに山吹さん出てきたみたいだよ。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

ホンマやな。しっかし何ともまぁ不機嫌そうな顔やなぁ。

白波 百合
白波 百合

何かあったんすかね?

確かに不機嫌を通り越して何だか怖いっすね。と思う。

そして、回復期病棟に居た時の、正直嫌いな先輩が山吹へと近付くのが見えた。

何か話しかけようとしたが、山吹はそれに答える事なく無言でその横を通り過ぎた。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

思い出したわ。確かこの前急変した患者さんや。そんでその担当の人やな。なんかあったんやろか?

上代 葉月
上代 葉月

それに百合・・・あの人って。

白波 百合
白波 百合

いいっす。もう忘れたっすから。

自分のプリセプターであり、もう話したくない人っすね。白波は嫌な思い出を振り払うように頭を振る。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

なんか休憩室と雰囲気ちゃうなー。アレやったら友達も出来ひんわ。

上代 葉月
上代 葉月

失礼だろ。だけど何かあったかは聞けない雰囲気だね。

白波 百合
白波 百合

あれは相当に怒ってるっすね・・・

正直見た事ない表情だと白波は思う。そして見たくはない表情だとも思う。

やがて休憩は終わり三人は散りじりとそれぞれの患者さんの元へ向かう。

その後白波は何度か山吹と廊下ですれ違ったが、山吹は何やらずっと考え込んでいて話しかける事は出来なかった。

何だか今日の扉は重たいっすね。

休憩室の前に立ち、白波はそう思う。それはきっと昼休みに見た先輩の表情のせいっすね。

白波が意気込んで扉を開こうとした時、不意に後ろに人の気配を感じる。

山吹 薫
山吹 薫

どうしたんだ?何か忘れたのか?

白波 百合
白波 百合

うひゃぁ!

奇声を発する白波に、山吹は大きく目を丸める。その表情はいつも通りで、白波はなんでもないっす。とそう答える。

山吹 薫
山吹 薫

ならさっさと入ろう。疲れてるんだから。

白波 百合
白波 百合

先輩は足腰弱いっすからね。

山吹 薫
山吹 薫

そんな事はない。ちゃんと働いている証拠だ。

ふふん。と白波は鼻を鳴らす、何があったかは聞けないけれど、ちょっとだけ安心をする。扉の向こうの休憩室はオレンジ色に染まっていた。

山吹 薫
山吹 薫

検査データは少しくらい分かるようになったか?

白波 百合
白波 百合

前よりは確かにマシっすかねぇ。

山吹 薫
山吹 薫

それでも見ているだけマシだな。

インスタントコーヒーを黒猫のマグカップに淹れ終わると、山吹は席に着いた。やっぱりいつもと何か違うっすね。と白波は眉間にしわを寄せる。

山吹 薫
山吹 薫

今日は、血液凝固系に関する検査データについて話をしようか。

白波 百合
白波 百合

うっす!英数字が並ぶややこしい奴っすね。

山吹 薫
山吹 薫

重要なデータだよ。これのコントロールが不良であると様々な合併症は入院中でも起こる。

白波 百合
白波 百合

例えば・・・ワーファリンとかそう言ったお薬の効き具合を見るんすよね?効き過ぎていたら血が出すぎちゃうからっすか?

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。だけども出血傾向もだが、それが効いていない事もまた大変まずい。

きっと今日の事はこれに関連する事なんすよね。きっと。

白波はポツポツと話し始める山吹をみてそう思った。

山吹 薫
山吹 薫

確かに出血しやすい事はよく話題に上がっているね。車椅子に乗る時にぶつけないように。とか申し送られる事もある。

白波 百合
白波 百合

そうっすよ。傷がついたら大変っすもん。

山吹 薫
山吹 薫

確かにそうだがね。例えば本来飲むべき薬が飲めない時期もある。脳出血直後とか特にそうだ。

白波 百合
白波 百合

血液をサラサラにしたら血が止まらないっすから当然っすね!

山吹 薫
山吹 薫

だけども今度は血栓ができる。何も考えずにリハビリをしたらそれを飛ばす事だってある。

山吹は口にマグカップを近づける。きっと今日のはこれだったんすね。

何ともわかりやすいっす。と思いつつ白波は思う。

山吹 薫
山吹 薫

だから自分のリハビリや判断で事故を起こさないようにちゃんと理解をするようにね。

白波 百合
白波 百合

うっす!もちろんっすよ!

お昼休みに見た先輩の表情は忘れられないっすけど、それでも今は大丈夫っす。今はいつも通りの休憩室っすから。

白波はメモを取り出し膝の上に乗せる。西日がそのメモ帳もオレンジ色に染めた。

白波百合のノート 28

・血液凝固は薬効がコントロールが出来ていないと危険。

・ちゃんとコントロール出来ているか出来ていないかを分かっていないと運動自体がリスクになる。←要勉強っす。

・でもやっぱり先輩が何に怒っていたのかを知りたい。

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