頭痛の話 その② 〜命を失うほどの頭痛の原因〜

脳出血

山吹薫は額に手を当てて首を垂れる。やはり出張の疲れが残っている。慣れない事はするものではないと改めて感じた。そんな山吹の顔を白波百合は覗き込む。

白波 百合
白波 百合

どうしたんすか?さては緊張型頭痛っすか!?

山吹 薫
山吹 薫

そうではないよ。悩みが多くても頭が重くなるものだ。

進藤 守
進藤 守

そんなにお土産を選ぶのに苦労したんだな。

そうではないよと進藤守に答えつつ、山吹は知っているだろうという言葉は口に出さない。いつからこうなってしまったんだとため息を吐く。

山吹 薫
山吹 薫

さっきまで話していたのは疾患に伴わない頭痛、いわゆる一次性の頭痛だな。そして此処からは更に重要な疾患に伴う頭痛、いわゆる二次性の頭痛だ。

白波 百合
白波 百合

ふむふむ。だけども疾患に伴う頭痛という事は当然頭の中の話っすよね!考えただけで大事っすよね・・・

進藤 守
進藤 守

そうだな。本来脳自体には痛みを感じる事は無いと言われている。だけどもその脳を包む膜には痛みには非常に敏感だ。まずはこの認識が重要だね。

出張の理由は単なるバイザー会議ではある。もちろん現状では実習生がこの病棟に来る予定は無いのだけど、それでも持ち回りで自分の番が回ってきた。だけどもやはり慣れないと山吹は思う。

山吹 薫
山吹 薫

一次性の頭痛とは違い、キーワードは『今まで感じたことの無い激しい頭痛』だ。まずはこれを感じた段階で病院を受診する事が必要であり、出来れば脳神経外科のある病院が望ましい。だけども現実的には受診するための移動自体が困難になる事もまぁ多い。

進藤 守
進藤 守

そうだな。多くは家族や自身で救急要請せざるを得ない状況も多い。そして我慢強い人程我慢してしまい、十分な治療を行うまでに症状が進んでしまう。

白波 百合
白波 百合

お二人は救急科だったっすもんね!でも知らなかったら、もし一次性の頭痛だと思ってしまっていたら、やっぱり救急車を呼ぶのも抵抗があるっすよね・・

そうだなと山吹は答える。もちろん出張自体は慣れているが、バイザー会議は苦手だ。会議自体というよりも、その学生をどう育てるか。その白熱とした空気感に当てられると自分が酷く浮いていると感じる。

山吹 薫
山吹 薫

そこでさっきの進藤の話に戻るが、脳自体には痛みを感じなくても脳を包む膜には痛みを非常に敏感に感じるという事だ。今まで感じた事のない激しい頭痛はつまりはその膜か、その脳自体に障害が生じて、その膜を刺激してしまう。という事だな。

進藤 守
進藤 守

代表されるのはクモ膜下出血だな。そのまま亡くなることも多い状態だ。激しい痛みと共に体を動かすこともまた困難になる事が多い。そして脳出血だな。脳の中の血管が破綻して出血し脳が浮腫んだり出血自体で脳を押し激しい痛みを伴う事もあるし、脳腫瘍の進行に伴い腫瘍自体が脳を押す事で痛みが生じる。いずれも激し痛みではあるし、手足が動きにくい、呂律が回らないといった症状も呈するから、要注意だ。

白波 百合
白波 百合

それはとても怖い話っすよね・・・誰かが側に居てくれたら大丈夫かもっすけど、一人の時だったらと思うと・・・

山吹 薫
山吹 薫

それほど怖いものだよ。そして硬膜下血腫の出血が著しい、もしくは慢性化して脳を押す事でも痛みを伴うし、髄膜炎脳炎といった感染に寄っても生じる。そして高度に認知面への影響も出るし時には意識も失う、もしくは訴える事が出来ない事も多いから、痛み以外もまた非常に問題となる。

みんなが後輩たちをどう育てるかに頭を悩ましている。それこそ頭痛がする程にだけども、果たして自分もまたそうかと尋ねられると答える事は出来ない。むしろ後輩を育てる事なんて白波が来るまで意識した事は無かった。

白波 百合
白波 百合

痛み以外の問題となると、やっぱり中枢神経への影響が大きそうっす!手足の麻痺や呂律の困難、あとは正常にいつも通りに判断が出来なくなるといった認知面の障害や、高次脳機能障害っすかね。

進藤 守
進藤 守

確かにそれもあるが、そうだな。例えば脳内で高度に出血する、もしくは脳がなんらか原因で過剰に腫れてしまう。脳自体が炎症を起こすという事だな。それによって脳内の圧が亢進する。脳内は限られた空間だからそれは生じる。

山吹 薫
山吹 薫

そうだ。それは頭蓋内圧亢進症状と言われる。先ほどまで話していた頭痛も勿論だが、脳の圧が亢進するという事は脳に至る血液もまたその圧に押されてしまい滞る事だな。脳に近い眼底の視神経乳頭もまた浮腫み、充血する事でうっ血乳頭が生じる。そして更に進行すると異常な吐き気や嘔吐が生じる。

白波 百合
白波 百合

・・・気持ち悪くなって吐いちゃうって事っすか?

的を得ているようでそうでないような。山吹は腕を組む。だけどもこの子も飽きもせずに毎日通ってくれている。きっと自分が教えているというより彼女が学びに来ているのだ。

山吹 薫
山吹 薫

つまりはそういう事だが、脳を過剰に腫れたりその容量を増やしてしまうと、脳を包むそれぞれの膜から逸脱する。それは脳ヘルニアと呼ばれて、それはやがては生命を維持する脳幹を圧迫し障害する。そこには嘔吐に関する中枢もあるからその影響により吐き気が生じる。

進藤 守
進藤 守

だな。だからこそ頭痛に伴い嘔吐が生じると直ぐに救急要請は必要だ。脳ヘルニアが更に進行すると呼吸などの生命維持に関する中枢もまた障害する。その先は・・・言わなくても分かるだろう?

白波 百合
白波 百合

はいっす・・・でもともかく単に頭痛といっても今まで感じた事のない程強かったり、体の動きに関連する症状や吐気もまた一緒だったら直ぐに受診か救急要請っすね!

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。直ぐに動ければ適切な治療が医師によって選択されるし、その後のリハビリもまた円滑だよ。そこら辺の話はまた今度だな。

山吹は白波のノートをちらりと見た。随分と使い込まれているようにも見える。それを見て山吹は自分の言葉で彼女を縛っていないか心配になる。今尚縛られている自分のように。そしてハッと山吹は思い出す。進藤に言うべき事があったのだ。

山吹 薫
山吹 薫

そういえば進藤。バイザー会議で珍しいものを見たよ。遠目だったから定かでは無いが、キノコのように茶色い丸い髪型で、それと同じくらい丸い輪郭とメガネの・・・

進藤 守
進藤 守

内海青葉さんか?それはまた懐かしいな。まぁ狭い業界だから何れは会うとは思っていたが。

白波 百合
白波 百合

先輩バイザー会議に行ってたんすね!学生さんが来るんすか!

山吹 薫
山吹 薫

残念ながらまだうちの病棟には来ない。君がまだいるからな。

どういう事っすかーと白波は何故か安心した表情で口を尖らせる。その表情に笑みを浮かべつつ西日の差し込む閉じ切られていないドアを、山吹はふと眺める。

夢か現か幻か、見慣れた邪悪なキノコのような髪型が僅かに見えた。そして此方を覗き込む同じくらい丸いメガネも・・・

内海 青葉
内海 青葉

ふふふー。お久しぶりだね新人ちゃーん・・・

山吹 薫
山吹 薫

うひゃぁ!!

白波 百合
白波 百合

あはは!先輩もそんな声が出るんすね!

山吹 薫
山吹 薫

進藤・・・振り返ってみろ。

進藤 守
進藤 守

いや止めておく。まだ心の準備が出来ていない。

山吹は唐突に訪れた過去からの使者に身を固める。まだ何も気付いていない白波の笑い声の向こうで、山吹は内海青葉から視線を外せずにいた。

白波百合のノート102

・キーワードは『今まで感じたことの無い激しい頭痛』唯の頭痛と侮ってはならない。

・激しい頭痛に手足の動きにくさや呂律の回り難さもまた感じたら尚更要注意!直ぐに病院に行く。救急要請もまた必要!

・先輩が何だか可愛らしい声で驚いているっす!何だろう?

【〜目次〜】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。

【総集編!!】

【これまでの話 その①】

【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】

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