大腿骨頸部骨折の話 その④ 〜普段と違う術後の栄養の考え方〜 【白波百合とリハビリテーション】

大腿骨頸部骨折

ふぃ。何とかなったっすね。白波百合は自分の担当の患者様の離床がなんとか進んでいる事に安堵する。無事歩行器を使用し歩行練習も始まった。だけどもやはり先輩が居ないのは心細い。他の病棟からヘルプには来てくれているのだけど・・・

進藤 守
進藤 守

お疲れ様。ん?百合ちゃん一人か?薫は?

白波 百合
白波 百合

お疲れ様っす!そして先輩は今出張中っす!

なんだつまらんな。と進藤守は腕を組んでふん。と息を吐く。静かな休憩室に音が戻って来たみたいで白波はなんだかほっとする。

進藤 守
進藤 守

ただえさえリハビリスタッフが少ない病棟なのに一人で大変だな。

白波 百合
白波 百合

本当に毎日バタバタっす!それに術後の患者様も居るのにもう・・・って感じっす!

進藤 守
進藤 守

それなら尚更だな。どうだ?その患者様は順調か?

白波 百合
白波 百合

それが・・・なかなか食事が取れてないみたいっす。

そうなのだ。元々食事はあまり取っていなかったとは話していたものの、あまり食欲が湧かずにその人はいつも疲れた表情をしている。それがとっても気になっていた。

進藤 守
進藤 守

まぁ術後だしな。なかなか食欲も湧かんだろう。術後の侵襲により身体の異化が亢進している訳だから、もちろん栄養は必要なのだけどな。

白波 百合
白波 百合

異化っすか・・・それってどんな事っすか?

進藤 守
進藤 守

そうだな。定義的な事から話すと、摂取された栄養をどんどん小さな物質に分解してエネルギーを取り出すといった事かな。代謝すると言い換えても良い。もっと簡単に言うなら、例えば摂取したデンプンをどんどん分解して単純なグルコースとして細胞の中でエネルギーに変える。その過程の事だな。そしてその多くは術後に亢進する。

白波 百合
白波 百合

えぇと手術は侵襲っすから・・・身体にとってはとってもストレスっすよね。侵襲により身体に傷が付いているっすから、それを治そうと亢進するんすかね?

まぁそういう事かな。と進藤は返事をする。そう言えば自分がここに来る前には、先輩はこうやって一人だったんすよね。ふと白波はそう思う。

進藤 守
進藤 守

百合ちゃんの言う通り、術後の侵襲にて身体の中では異化が亢進する。これはある意味恒常性でもあると思うのだけど、簡単に言うと身体を治すために必要なエネルギーを捻出すると言う事だね。

白波 百合
白波 百合

でも術後の方って中々食事を取れずに、必要なエネルギーを摂取したいけれども、その必要なエネルギーが取れない事も多いと思うっす!

進藤 守
進藤 守

その矛盾の多くは術後、まぁ入院直後では生じるな。細かく言えば脂肪組織からはグリセロールや脂肪酸が、肝臓からは蓄えられたグリコーゲンが分解されてグルコース、筋組織からはアミノ酸が放出される。他にもグルコースが枯渇すると脂肪酸がケトン体に変換されてエネルギーとなる。

白波 百合
白波 百合

色んな所からエネルギーは捻出されているんすねぇ。でもそれなら安心!とはとても思えないっす・・・

進藤 守
進藤 守

そうだな。蓄えられたエネルギーを過剰に使用するという事は、それ自体が身体にとっては非常事態という訳だからな大丈夫、という訳でもない。

先輩は一人でここに居る時にはどんな気持ちだったのだろう。白波はそんな事も気になった。寂しかったのか、ひょっとしたら案外気楽にしていたのかもしれない。

進藤 守
進藤 守

そしてその際に筋肉に蓄えられた、もしくは筋肉として存在するタンパク質もまたエネルギーとして消費される。その異化は白筋が中心に消費されている。それは術後の運動能力の回復を遅らせる重大な要因だよ。

白波 百合
白波 百合

なら尚更頑張って食事を取ってもらわないといけないっすよね!でもそれも中々難しいとは思うっす・・・

進藤 守
進藤 守

そうだな。サイトカインやストレスホルモンの影響も強いと思うが、何よりも食べられないのではなく、その多くは食べたく無くなる。痛みや倦怠感、環境の変化だってそうだし、多くは病室のベッドの上での生活だからな。普段食べているものでは無く、病院で食事も制限される。

白波 百合
白波 百合

そう考えると気持ちの部分も大きいっすよね。嚥下障害もあれば別かもしれないっすけど。

そうだな。と進藤は腕を組む。それに昔はこうやって先輩と進藤さんはお話していたんすかね。とも思う。そして自分が先輩の事ばかり考えていると白波はため息をついた。

進藤 守
進藤 守

まぁある意味その原因ははっきりしているだろう?一つは術後の痛み、および炎症反応が続いている事により食欲が低下する。これはその炎症症状が治まるかその疼痛コントロールが進むことで解消される。もちろんその際身体の中の異化は進むことになるが、許容される範囲ならばある意味良しとするのも一つかもしれない。もちろん後々改善される予想が立っている場合だけどな。

白波 百合
白波 百合

食欲を出す為にもある程度の異化は許容しつつリハビリを進めるってことっすよね!でも身体を治す為にも沢山栄養を取らなきゃいけないっすから難しいっすよね。

進藤 守
進藤 守

そうだな。まぁその為に栄養補助食品を摂るという事も出来る。ゼリー状でカロリーが高いものも今は多い。それを冷やすなどして口当たりを柔らかくするもの一つだ。まずは食べられるものから。という事だな。

白波 百合
白波 百合

ふむふむ。何も最初から必要なカロリーを全量摂取と考えずに段階的に進めるって事っすよね!

でも・・・と白波は考える。いつまでだって先輩がいる訳でもないのだ。それは考えたくはないけれど、きっといつか訪れてしまう事かもしれない。

進藤 守
進藤 守

そうだな。良くある事ではあるが、十分な栄養摂取と筋力トレーニングを進める!それは大切な考え方であるけれど、そこに患者様の個人因子が抜け落ちると結局の所、何も進まない。

白波 百合
白波 百合

そうっすね!それを忘れていた気がするっす!やっぱり自分は先輩が居ないとダメっすね・・

進藤 守
進藤 守

そんな事はないよ。むしろ百合ちゃんが居ないと、薫の方が駄目になる。

どういう事っすか?という問いに進藤は答えない。不思議そうに首を傾げる白波の視線を他所に、進藤は一つ大きな欠伸をして見せた。

白波百合のノート 98

・術後の侵襲にて身体の異化は進む。十分な栄養を取れていないと身体に貯蔵されたエネルギーを消費してそれを補う。

・必要な栄養摂取を進める時には患者様の事を念頭に置く。急がずとも段階的に進める事も必要。

・なんだか先輩の事ばかり考えているっす・・・

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。

【これまでの話 その①】

【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】

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tanakannaika|note
理学療法士でパーソナルトレーナーなブロガーです。また動画編集や過去には脚本執筆や演出、撮影、編集など多岐に渡って活動しておりました。楽しみながら学べる『内科で働くセラピストの話』を執筆中。

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