幕間の小噺 その② 〜非日常の中の日常〜

総論

ふぅ。と私はゆっくりと着込んだ防護具を外す。

この時が一番緊張する。ゆっくりと手順を確認し取り外し、きちんと消毒と手洗いをする。

額から汗が頬を伝って顎先から落ちた。

酷くこれは体力を消耗するものだと思う。

それは長らく臨床を離れていたからだけでは無いのだろう。

しかし疲れた。そう思っていると鏡越しに先生が後ろに立つのが見えた。平然と何事もなかった様に佇む姿を見て、この人こそが妖怪変化の類だなと笑みを漏らす。

「どうしたんだね。お疲れだな。君のそんな姿は初めて見る様な気がするよ。」

「先生こそいつかそんな姿を見せてはどうです?人間味が薄れてしまいますよ。」

口は減らんものだな。と先生は笑みを浮かべている。

いかに重篤な感染症であっても、リハビリテーションは有効な治療手段になると思う。

人工肺を使用していても感染は遷延する事もあるし、そこで有効な体位ドレナージを行わないといけない。しかしそれは同時に咳嗽を誘発しエアロゾルは宙空に舞う。それは感染源となる。

だけどもそれは必要な事だ。遷延した肺炎は容易に人を死に招く。

「しかしこれは予測がつかんな。重症化の速度が速い様な気がする。気を抜いたらすぐにARDSだ。確かに腹臥位療法は有効だが、人工肺の使用に至るまでがやはり勝負だよ。」

「確かにそうですね。軽症といっても油断は出来ません。しかしここも随分と患者で埋まってきましたね。」

「そうだな。やはり不安なのは医療者も患者も同じだ。だからこそ、ここが踏ん張りどころだな。」

そうですね。と答えつつ私はずっと体が重くなるのを感じる。

患っていたら余計に体力が無くなった様に感じる。以前の様なチームがここに居たらと思うのだけど、それが既に叶わない事は知っている。

私はそのチームを自ら捨てたのだ。

自分が居なくてもきっと奴らなら大丈夫だろうとそう思い、消える様にそのチームを去った。

まぁあの新人君だけは少し心配だけどな。

ふっと笑みを漏らすと、集中治療室の空気が変わるのを感じる。

先生の視線もまた鋭くなる。そうしていると神経質そうな細身の集中治療医がゆっくりと歩いてきた。

「あぁ急患だな。COPDの急性増悪。50歳代の女性だ。随分とまた若いな。CVとAライン、そして気管挿管後にすぐに腹臥位をやろうか。手を借りれるか?」

もちろんと私は答える。そして私は非日常な事ばかり起こる日常の中に舞い戻った。

その空気を私は一度吸い込む。そしてその空気をゆっくりと吐き出しながら先生の隣に並ぶ。

昔々に自ら捨てた日常の中に再び舞い戻る。

なんとも人生とは皮肉なものだ。そんな事を考えながら。

【〜目次〜】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。

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