秋の夜が長い。それも冬が近づくとそれはまた段々と長くなる。
一年がまた終わる。そう考えるとどこか寂しい。
木造りの重いドアを開ける。半分道楽でやっているのではないか、このドアをくぐる度に山吹はそう思う。
いらっしゃい。来ると思ったよ。
あー薫さんいらっしゃーい!
なんでこいつが居るんだ?
山吹は夜の闇にも溶けるコートを脱ぐと沢尻の隣に座る。
いいじゃないのー。偶には先輩後輩水入らずって事で。
俺がいるだろう。
まぁ先輩後輩水入らずって事で代わりはないな。
そう言って進藤は山吹の前にグラスを差し出す。山吹は何も言わずにそれを受け取る。
百合ちゃんに担当をようやく任せるらしいな。
おー!ようやく!というか遅すぎるくらいだけど、薫さんは過保護だもんなー。
そうではないよ。流石に冬に近づくと人手がもっと足りなくなるからな。
それで・・・どうなんだ?
山吹はグラスを傾ける。カランと僅かに溶けた氷がグラスに当たる。
危ういな。
そんな事ないでしょー。ちゃんと勉強しているし多分同世代の子よりも随分としっかりしてるよー。
まぁあぁ言う子だからな。俺らは患者様とセラピスト、そして人と人ともあるが、それは十分にバランスを取らなければ行かない。心のあり方としてな。
そうだな患者様を想う事はもちろん必要な事だ。自分の家族と思ってリハビリを行う。医療を行う。当然求められる事だ。だけどもそれだけに囚われると思考が鈍る。
そういう訳にはならないと想うんだけどなー。と沢尻は頬杖をついてグラスをゆらゆらと揺らしている。
充分に心は揺れるし、揺らさなければならないのだろけど。与えられた役割をしっかりとやらなければならない。
あの子は良い子だからねー。頑張り屋さんだし、真面目だからきっと沢山考えるだろうねー。
お前はもうちょっと真面目にだな。
これがオレの良いとこじゃーん!と沢尻は両手を広げてみせる。
ため息にも似た吐息を山吹は吐く。
だから危なっかしいんだよ。
まぁまぁ。全てをあの子にぶん投げる訳じゃないんでしょー。世話を見てやんなよー。
そうだな。それが先輩の役目だからな。リハビリのやり方以外にも教える事は山程あるだろう。
いい大人にそこまでやる必要があるのか?
山吹の言葉に進藤と沢尻は顔を見合わせる。
おやおや沢尻さん。山吹先輩がお疲れのようだ。人肌恋しいのかねぇ。
いやいや進藤さん。山吹先輩も人並みに人肌恋しいのですねぇ。
お前らそういうのはやめろ。
カウンターを境におどける二人から視線を逸らす。この時期はいつまでたっても昔の事を思い出す。
まぁお前も新人の頃は大層世話を焼いてもらっただろう。別の意味で危うい小生意気な新人に。
なんだったっけ?そうそう!小さな指導者に悉く論破されてその度にここに呑みに来て・・・いやぁそんな薫さんも見たいなー
それはもう昔の話だろう。
だからそれを繋いでいかないとな。
山吹はハッと顔を上げて進藤を見る。進藤はその視線を受け止めずに丁寧にグラスを磨いている。
たまにはマトモな事を言うもんだな。
俺はいつもマトモな事しか言わないよ
ねぇねぇ。そこらへんの話を詳しく聞きたいなー。二人の昔話。
今度は山吹と進藤が顔を見合わせる。
話す訳無いだろう。
そうさなぁ。まずはその指導者に初めて食ってかかった山吹先輩の話だな・・・
だから止めろ。
と言いつつ山吹がグラスを運んだ先の口元は緩く解ける。次に繋げる・・・か。その言葉はゆっくりと夜の闇に溶けていくかの様に山吹の心の中に沈み込んでいった。
山吹薫のメモ ⑤
・人と人、患者とセラピストその間で揺れ動きながら自分の役割をしっかりと熟さなければならない。
・世話を焼かれて教わった事は次に繋げる。もちろん良い事だけだ。
・白波君にはこういう話はしないでおこう。
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コメント
作画担当の右近です。ようやくコメントできました。また次回作も楽しみにしていますね♪
お返事が遅れて申し訳ありません。いつもありがとうございます!構想だけは色々ありますのでまたよろしくお願いしますね!