山吹薫の独り言 その⑦ 〜もう一歩だけ前に〜

総論

もう立ち止まる事は止めよう。

目の前で自分をしっかりと、まっすぐ見つめる白波百合に一度視線を向けて、山吹薫はそう思った。

あの救急科の日々、その日々の中にずっと自分は囚われていたと思う。

恥ずかしいほどに、前に決して進む事の無いようにしていた。

前に進んでしまえばいつしかその日々を忘れてしまい、そしてあの時に覚えた感情だとかそういうものも全て失ってしまう。

そんな風に思っていた。

だからと言ってずっとあの主任を失った救急科には居る事は出来ず、逃げ出して、それでもまたその日々を望んでいる。

自分一人の時はそれでも良いと思っていた。

ぬるま湯のような日々の中であの時の情熱だとか、そういうものを胸に秘めゆっくりと過ごす。

それでも悪い気分はしなかった。

まず最初の変化は白波百合がこの病棟に配属になり、そしてこの休憩室でのささやかな勉強会が開かれるようになってからだ。

自分の語る言葉はかつての主任の言葉であり、そして目の前に座る白波にはかつての自分をいつしか重ねていた。

きっと相手の立場にならないと本当の気持ちなんかはわからない。

かつての主任の気持ちを追体験しながら、その気持ちに思考を寄せる。

そんな日々だった。

いつしかそこに集まる人も増えて、賑やかな日々の中で僕はかつての情景もまた重ね合わせている。

そして唐突にかつての同僚たちもまた目の前に姿を現して、彼らはそれぞれの道を見つけ出して、前へ前へと進んでいた。

その姿を眺めながら、自分の立ち位置が急に不安定になった。

疑問に思ってしまったからだろう。今の自分はそのままで良いのだろうかと。

思ってしまったからだろう。かつての主任がそれを望んでいるのだろうかと。

この昔話は喪失の話だ。そして僕が今の僕に成ってしまった話。

その話を白波に話して、そこから先の自分がどうなるかは分からない。

だけども多分今の自分に必要なのは過去と向き合うことだ。

自分の中だけではなく、常に自分と向き合い、そして前に進む強さを持つ白波百合の中で、自分の過去と向きあう。

情けないものだな。そう思ういつつも不思議と笑みがこぼれてしまう。

自嘲的な笑みなのかそうで無いのかは、自分には分からない。

「なぁ。長くなるかもしれないが僕の昔話を聞いてくれるか?」

その言葉に白波百合は言葉なく頷く。

きっとそういう表情をする事も僕には分かっている。

そして僕は一度頷く再び口を開く。

僕が主任を失った話を。

僕が今の僕になった話を。

そして、これからの僕の話を続けるための、今尚続く昔の話を。

【〜目次〜】

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