大腿骨頸部骨折の話 その⑤ 〜術後に感じる痛みの鑑別とその一例〜 【白波百合とリハビリテーション】

大腿骨頸部骨折

ふぅむ。なんだか間が持たないなと進藤守は腕を組む。確かしばらく病棟を開けるから何かあったら頼むと山吹薫に言われていたのだけど、まさかもう出張していたとは。すっかり失念していたなと頭を掻く。するとドアの開く音がした。

沢尻 悠
沢尻 悠

おつかれさんでーす!いつもお馴染みの沢尻さんだよー!

白波 百合
白波 百合

あっ!沢尻さん!なんだか賑やかになってきたっすね!

進藤 守
進藤 守

なんだお前も来たのか。

なんだとは何さー!と沢尻悠が声を上げ、進藤は内心助かったとホッとする。

沢尻 悠
沢尻 悠

そうそう。この前の患者様は順調ー?歩行練習は進んでるみたいだねー!

白波 百合
白波 百合

一緒に頑張っているつもりっすけど、食事に関しては進藤さんに教わって居た所っす。だけどちゃんと出来ているかは不安っすよ・・・

進藤 守
進藤 守

まぁ運動療法自体に関しては沢尻に聞いた方が良いかもな。

白波 百合
白波 百合

そんな事はないっすよ!でも中々上手く人工骨頭置換術をされた左足に体重が乗らないっす・・・

それねー!と沢尻は腰に手を当て人差し指で白波百合を指す。まぁこいつのこういう所は便利なものだと進藤は笑みを零す。

沢尻 悠
沢尻 悠

特に足の整形外科疾患の術後・・・だけの話ではないけれど、やっぱり荷重、つまりはどれだけ普段と同じように足に体重を乗せられるかがすっごい課題にはなるよねー!

白波 百合
白波 百合

そうっす!やっぱり手術した方の足をかばってしまって、体重が中々乗らないっすよ。

進藤 守
進藤 守

まぁ手術した方の足に体重を乗せると、それだけ身体を支える筋肉もまた働く必要があるからな。それは当然縫合してある部分にもストレスを与えるから痛いのも仕様がないかもしれないね。

沢尻 悠
沢尻 悠

自分だってちゃんと知ってんじゃんー。そうそう。術後の痛みの鑑別もまた必要だねー。つまりは患者様の感じる痛みが手術の侵襲によって起こる直接的な原因か、それともリハビリテーションの進行によって生じた原因なのか。それが必要ー。

ほうほう。と白波はノートにメモを取っている。そのノートも随分と端が擦り切れてきている。それもこの子がここで過ごした日々の記録なのだなと進藤は思う。

沢尻 悠
沢尻 悠

続けるねー!創部の痛みは当然有る。まぁ切っているからこれは当然だねー!だけども身体は弱い部分を過剰に守ろうとするから、その周囲の筋肉が硬くなる。筋肉が過剰に緊張してしまって、それ自体が痛みになってしまう。

白波 百合
白波 百合

過緊張や防御収縮って事っすか・・・確かに早期の歩行練習では本人もそれを支える筋肉もまた頑張りすぎてしまうっすよね・・・

沢尻 悠
沢尻 悠

そうそうー!だから手術の侵襲した部位以外の筋肉が硬くなって痛くなる。それに加えてそこの機能を代償出来る筋肉もまた過剰に緊張してしまうねー。今回は大腿骨頸部骨折の後方アプローチの術後だから、やや中臀筋が術後は働きにくくなるのー。身体が横に大きく振れないようにするための筋肉でもあるから、歩いている時には大腿筋膜張筋から鼠蹊靭帯、まぁ太ももの横に走る長い筋肉だねー、そこも硬くなる。よく張っているなぁとか患者様はそう言うねー。

進藤 守
進藤 守

なるほどな。他にも精神的な因子も大きいんじゃないか?手術した方の足に体重を掛けるのはバランスの取れた動作をするために必要だが、俺らならまだしも、患者様は恐怖感からすぐにそう出来るとは考えられないが。

そうそうー!と沢尻は答える。しかし山吹は白波が自分に依存してしまわないか、と最近はしきりに零していた。その発言が出ること自体大きな成長だなと進藤は感じる。

沢尻 悠
沢尻 悠

だからリハビリのスタートはストレッチや筋力トレーニングと並行して、まずは手術をした方の足に体重を乗せて耐えられる事が大きな目的になるのー。これはまぁ手術した場所の回復に合わせてだけどねー。これもあオレの考え方だけどただ闇雲にやっちゃ駄目。段階的に進める。なぜだと思うー?

白波 百合
白波 百合

それは手術した場所の機能が十分に回復していないと、その機能を代償しようとして過剰い筋肉が収縮してしまうっす。それにさっき進藤さんが言ってた精神的な因子も影響して、痛みが強くなったり恐怖感が強くなってしまうっすね。

沢尻 悠
沢尻 悠

そうそう。だから荷重の量は少しずつ増やす。痛みに対してのアプローチもしつつ、何よりも患者様に体重を掛けていっても大丈夫と実感してもらう。それが大切!

進藤 守
進藤 守

まぁ人は筋肉や神経の塊ではないからな。気持ちの部分も大きいだろうから、それが俺らが患者様に関わる必要性の一つだな。痛みや恐怖感を抱えたまま、日常生活にすぐに戻れる訳ではないからね。

人の気持ちは一人では直ぐには変わらない。だけども色んな人が関わる事で案外すんなり変わるものだ。それは薫にとっても同じ事だと進藤は思う。

白波 百合
白波 百合

ふむふむ。どうやら自分は上手くやろうとして患者様を見る事があまり出来なかったような気がするっす。そうっすよね!一緒に体重を掛けても大丈夫だ!ちゃんと段階的に治っている!それを一緒に実感するんすね!

沢尻 悠
沢尻 悠

そうそうー!そしてそれをするためのコツがあるから、それも聞いちゃう!?

白波 百合
白波 百合

是非お願いするっす!

進藤 守
進藤 守

まぁ俺も沢尻先生のご高説に預かると致しますかね。

へへーん!と両手を腰に当てて仰け反る沢尻を見て白波は笑う。表情も随分といつものように戻ってきたようだ。人の気持ちは緩やかに変わる。それは良くも悪くもだろうけど。薫は気がついているのだろうか?百合ちゃんがいる事で自分の気持ちが変わりつつある。そんな気持ちを。

白波百合のノート 99

・手術による直接的な痛みと、そうでない痛みとは別に考えてみる。

・精神的な因子も強い。闇雲に体重を掛けてもらうのではなく、一緒に体重を掛けても良いと安心できるように確認していく。

・やっぱりみんなすごく優しいっす。

【目次】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。

【総集編!!】

【これまでの話 その①】

【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】

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tanakannaika|note
理学療法士でパーソナルトレーナーなブロガーです。また動画編集や過去には脚本執筆や演出、撮影、編集など多岐に渡って活動しておりました。楽しみながら学べる『内科で働くセラピストの話』を執筆中。

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