何だか真面目に話し過ぎちゃったなーと沢尻悠は椅子にぐったりとその身を預ける。そして白波百合と桜井玲奈が急性期と回復期の身でありながら、お互いに必要な事を話しているのを眺めて笑みを浮かべる。そして何を考えているのかは分からない進藤もまたその光景を眺めていた。
まぁきっと考えている事は何となく沢尻にもわかる。
自分が急性期から回復期に異動となる時、山吹薫はそうか。とだけ短く答えた。そして態とらしく笑みを作り、
「少なからず僕が教えたんだから上手くやれよ」
そうらしくもない言葉を吐いたのは今でもはっきりと覚えている。
不器用なんだからなーと今でも沢尻はそう思う。
同じ病院とはいえど、場所が違えば考え方も違う。
回復期で求められるのは患者様の機能や動作の改善。
そして重症患者様ほどそれは得られない事も多い。
それ所か入院している時に急変する事だって多い。
何度もその光景は見てきた。
だけども現実問題として患者様本人もその家族も重症であればあるほどその改善を祈る。
その祈りの先に急性期病棟からの転院ではなく、回復期病棟でのリハビリの継続となるのだ。
だからこそ薫さんの元で超急性期から急性期の知識を学び、経験した自分がやるべき事はそこだと思った。
誰かがやらなければならない。世界には先人は沢山いるがこの病院には居ない。
なんともオレとしてもらしくないよねーと今でも思う。
重症患者を診る時、やはり対峙するセラピストの顔は強張る。
それはもちろんそうである時もあるが、やはり自分は道化でありたいと思う。どんなに苦しくたって笑える事もある。
それは患者様も、そんな患者様に対峙するセラピストに対してでもだ。
しかしこの病院で回復期に入院する重症患者に対して、積極的に介入するセラピストは自分が回復期に移ったその時には前例は無かった。
ゆえに苦労もした。半分強引な手段にも出てやっと今では認めれてきているような気がする。
だけどもそんな時期にこの百合ちゃんの患者様が急変し、そして程なくして亡くなった。
それは自分の力不足を感じた。
知識や技術だけではない臨床で立ち回る技術。そんな所だ。
もっと早ければ何か出来たのかもしれない。
そう考えると正直、責任を感じていた。
お門違いではあるかもしれないけれど、
強くそう感じた。
でも良かったと沢尻は思う。こうやって百合ちゃんは立ち直り、そして行く場所は定まらなくても前に進めている。
本当に良かった。改めてそう思う。
さてと・・・と椅子からその身を起こすと休憩室のドアは開き、薫さんが入ってくるのが見えた。眉を潜めて不器用なそして不機嫌そうな表情で。
「なんだ。みんな揃って」
「なんだとは何さー。不器用で肝心な時にはいない先輩の代わりをこの沢尻様がやってたんだよー。」
「ふん。まぁそんな疲れた表情をしているんだから、珍しく真面目な話をしていたんだな。そして白波君。二つほど伝えたいことがある。」
「うへ!どうしたんすか!?」
奇妙な声をあげて、白波は立ち上がる。そして我がプリセプティたる玲奈ちゃんは両手を組んだまま薫さんを見上げている。この子もこの子で解りやすいのに、この場でその憧れの感情をわかるのは自分一人だと思うと何だか余計に疲れた。
「ひとつは上からのお達しで今度君が勉強会をする事になった。回復期の新人さんに対してだ。リスク管理をとの事だな」
「先輩じゃなくて自分がっすか!?」
「ほう。面白そうだな。俺も聞きたいな」
やっと口を開いた進藤は素直に驚いている様子だ。本当はこの人は何も考えていないんではないか?と沢尻は目を細める。そして山吹は続ける。
「どうだ・・できるか?」
「うす・・・でも正直やりたいっす。もう少しで何かモヤモヤした事がまとまりそうなんすよね・・・あの・・これは自分でまず考えて見て良いっすか?」
「白波君にはまだ早いよ・・・そもそも勉強会とは・・・」
「いいじゃーん!やって見ようよー!」
と沢尻は山吹の口を制して白波に声をかける。多分それは今の百合ちゃんにはとても大切な事だ。そう思う。それに山吹は何か続けようとしたけれど、一度首を振る
「・・・いいだろう。だけども発表前にちゃんと僕に内容を伝えるように!報告もしっかりとだ!」
「やった!頑張るっす!」
「そしてもう一つ。この前僕の先輩の高橋美奈にあっただろう?君宛てだ。」
そう言って山吹は封筒を渡す。そして白波はそれを開いた。沢尻もそれを覗き込む。
「うぉ!すっごい美人さんじゃーん!この人が薫さんの先輩?ずっるいなーオレは不機嫌そうな先輩と二人っきりだったってのにー」
「一言余計だ。何だか主婦業の傍らに健康教室やるらしいな。何だか情報が過多でよくわからん!」
「そうっすね・・・それに自分で美魔女!が教える健康の秘密!美人インストラクター高橋⭐︎美奈!って書ける自信がまずすごいっす!いやまぁ本当に美人さんなんすけど・・・」
「高橋美奈って・・・まさか・・・」
と進藤は固まっている。それを見て山吹は唇を片方だけ上げた邪悪な笑みを浮かべる。
「進藤の所にも連れて行こうとしたんだがな。生憎時間がなかったんだ。次には君の店に行くらしい。もちろん君のおごりでだという事だ。」
「・・・事前に日付だけ教えてくれ。急な用事が入るかもしれん」
どうかな?と笑みを浮かべる山吹と固まる進藤、そしてチラシを楽しそうに眺める白波、そして時折小さく薫様・・・と呟く玲奈を見て、もしかしてこの中で一番真面目なのはオレなんじゃないかな・・・沢尻は再び椅子の上にどっしりとその身を預けた。
【〜目次〜】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
【総集編!!】
【これまでの話 その①】
【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】
【時間がない人にお勧めのブログまとめシリーズ!】
【ウチ⭐︎セラ! 〜いまさら聞けないリハビリの話〜】
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