進藤守の酒の席 その② 〜回復期病棟へ入院すると言う事〜

総論

さてと。進藤は店の扉を開ける。

本来今日は定休日なのだが、昔のことを思い出してしまうと、どうしても此処に来てしまう。

音のない暗いBARはとても落ち着く。進藤はカウンターに座りグラスに火酒を注ぐ。グラスが揺れて氷が僅かに音を立てた。

二人はちゃんと俺の説明を分かってくれたのだろうか。

グラスに口を近付けながらそんな事を考えた。火酒がゆっくりと喉を通るのを感じる。

状態が落ち着いたはずの患者が、本格的にリハビリが始まるはずの回復期病棟で急変する事は多くはないが起こる事は確かにある。

きっと百合ちゃんの気にしている患者以外にも、それは少なからず起きている。

それは決して医者や医療スタッフのせいではない。と思う。

もちろん、知識や技術の有無が問題になる事もあるが、一般病床で元気な患者から回復期病棟へ行く訳ではない。

一般病床で十分に自宅へ帰る能力が得られない、つまりは回復が何らかの要因で遅れてしまった人ほど回復期病棟へと移る。

元々体が弱いとか、高度の障害を残してしまった人。

そんな人ほど合併症を引き起こし、その結果、回復は更に遅れてしまう。

そして以前出来ていた事が出来なくなってしまう。

それは加齢に伴い仕方がない事かもしれない。

だけども・・・と進藤は考える。

本来起こさなくとも良い廃用症候群や合併症を起こしてはならない。そう思うし、そう学んだ。そのために多くの努力をしなければ行けない事も学んだ。

その事は鈍い実感を伴ってそれは心の中で鈍い楔となったまま沈み込んでいる。

そうなのだけどな・・・と進藤はグラスに酒を注ぐ。

さて百合ちゃんは薫とお話しできただろうか。

信頼する先輩にこそ、相談できない事もある。相手の事を想ってこそ動けない事もある。

きっと百合ちゃんが俺の所に来たのも薫に相談できないのも、きっとそういう事なのだろうと思う。

後輩の気持ちはいつか自分が通り過ぎて来た気持ちなのだから気が付きそうなものなのに、それはひどく難しい。

特に前にしか目を向けていない薫は特に難しいだろう。

独りで出来る事なんて高が知れているのにな。

それでも今はあの休憩室に人が溢れている。多くはないが賑やかではある。それはとても薫にとって良い事だと思う。

進藤は今より生意気だった昔の山吹薫を思い出す。

何かを唯々追い求める。前ばかり見て周りを見ない。その分先に進めるけれど視野はとても狭くなる。

そして指導者を失ってから更にそれは加速しているようにも思う。

目付きこそ柔らかくなったけれど、それでも休憩室に積まれる山のような文献がその証拠だ。

百合ちゃんが来てくれて良かった。進藤は改めてそう思った。

進藤はグラスを揺らす。氷が揺れる音は残響を残して部屋の中に響く。

音もなく暗いBARは今も昔の音を携えている。

酔っ払って同じ事を話し続ける薫や、豪胆に笑いながら浴びるように火酒を口に運ぶ小さな指導者。

そんな昔の情景を想いながら進藤は再びグラスを口に運んだ。懐かしい音色は歌を失って、いつまでも流れていた。

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