廃用症候群の話 その③ 〜寝たきりの人にこれからやるべき事〜

呼吸

さてさて、次は何を話すべきか。進藤は心の中で思案を巡らす。俺より語るくせに肝心な事は何も話さない友人は本当に困ったものだ。とも思う。

進藤 守
進藤 守

さて次は何を話そうか。その前に何か飲むか?

白波 百合
白波 百合

良いんすか!?

坪井 咲夜
坪井 咲夜

さんせー!いただきまーす!

うん。と進藤は席を立つ。備え付けてある冷蔵庫からお茶を取り出す。

そして慣れた手つきでトロミを付ける。

しまった。と思う時にはすでに遅く、まぁ良いかとも思い二人の前に出す。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

ちょっとなんでこのお茶トロミが付いてるん!?

白波 百合
白波 百合

自分たちはまだムセ込んだりしないっす!

進藤 守
進藤 守

まぁ。俺が言語聴覚士でココが言語聴覚室だから・・・

言い訳になってへん!とギャアギャア騒ぐ坪井を眺めながら、進藤は元気が良いものだと感心する。

その表情を見て不思議と坪井は目を細めている。

白波 百合
白波 百合

美味しいトロミのついたお茶もいつか出来たら良いっすね!

進藤 守
進藤 守

そうだな。最近は大手の企業も色々工夫しているからな。その内、嚥下障害があっても美味しく食べれるようになるかもね。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

それとこれとは話がちゃうやろ・・・

しぶしぶと坪井はトロミ茶を啜り、白波は何やら考えながらお茶を飲む。

進藤 守
進藤 守

話に戻るが寝たきりになると、こう仰向けになるだろう?体の中の水分の移動もまた重力に依存するから、立っていると自然と血は足元に集まる。そして足を動かしたりする事で血は巡る。なら仰向けになると?

白波 百合
白波 百合

重力は掛からないっすから、こう下に集まるんすかね?

坪井 咲夜
坪井 咲夜

そうやけど、分かった!飲みかけのペットボトルを横倒しにしたみたいになるやろ?

進藤 守
進藤 守

うまい表現だな。立っている時よりも多く心臓の方向に血液は戻る。血液も水分ではあるから、体は水分が過剰に体の中に溢れていると感じてしまう。そしてそれを排泄しようとする。その結果、脱水症状へとも繋がる。運動していないのにも関わらずにな。

ほぉと二人は感心している。何か良い事でも行ったかなと進藤は首を傾げる。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

でもあれやんな?もし心臓や肺が悪かったらそれはちょっと怖いな。

白波 百合
白波 百合

そうっすよね。心不全の人とか特に仰向けになりすぎると息苦しくなりそうっす。心臓に帰ってくる水分が多いと心臓の仕事も増えてしまうっすからね。

進藤 守
進藤 守

そうだな。だから息苦しくなるほど人は座る。座って息をすると横隔膜は下に下がりやすいし、ベッドで圧迫されている背中の肺も広がりやすい。体力が低下していると最初はしんどく感じるが、徐々に寝ているよりも楽になる。

薫が一般病床で受け持っていた患者が、回復期病棟で急変し寝たきりになっているのは知っている。多分百合ちゃんが薫の所に行かずに、ここに来たのそういう事なのだろう。と進藤は考える。

白波 百合
白波 百合

でもやっぱり寝たきりになるのはダメっすね。少なくとも病院で寝たきりは絶対ダメっす!

坪井 咲夜
坪井 咲夜

そやなぁ。ずっと病室で天井を見続けると頭もぼぉっとしてしまうしなぁ。

でもその人に無理をさせすぎるのも考えもんやな。

進藤 守
進藤 守

難しいところだね。でも少しずつ体が弱り発言も朧げになる自分の身内を見る程辛いものはないからな。でも逆に元気になっていく姿を見る時ほど嬉しくなる事はない。

そうっすね!と白波は元気良く頷いている。うん。と進藤は頷き返す。

進藤 守
進藤 守

ここではないが救急病院で薫と働いていた時には、集中治療室でベッドや車椅子に座って頂いていたんだよ。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

それって大丈夫なん!?

白波 百合
白波 百合

なんか色々点滴とかモニターとか繋がっていて怖いっすね。

進藤 守
進藤 守

その時には一人で起こさずに多い時には4、5人でベッドに起きてもらっていたよ。体格だけで俺も良く駆り出されていた。言語聴覚士なのに。

進藤のまぶたの裏には昔の情景が浮かぶ。山吹の小さな指導者に呼び出され、患者を支えてベッドの端へと座ってもらう。隣には山吹が居て、正面にはモニターを背伸びしながら操作する山吹の指導者が居た。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

でも主治医から起こしてって言われて、起こすのは怖いって感じてしまう事は、改めて考えてみると勉強不足って事やんなぁ。

白波 百合
白波 百合

それはそうかもっすね。後は技術とか・・・大変っす。

進藤 守
進藤 守

まぁそんなものは学んでいれば後から付いてくるよ。大切なのは起こしてあげたいとか、元気にしてあげたいっていう気持ちだよ。

そうっすね。と白波は笑みを浮かべている。進藤はそれに頷いて見せる。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

それにしても山吹さんと進藤さんは元々救急病院やったんですねー。

白波 百合
白波 百合

なんかすごく難しそうっす。それで・・・その時の山吹先輩はどんな感じだったん・・・すか?

おずおずと上目使いで言葉を選ぶ白波を見て、再び胸キュンや!坪井は白波と進藤を交互に見る。進藤は一瞬考えた後、口を開いた。

進藤 守
進藤 守

・・・生意気だった。

白波 百合
白波 百合

そうだったんすね!

坪井 咲夜
坪井 咲夜

またしてもそれだけかぃ!

ホンマにどいつもこいつも教える時には良く語るくせに肝心な所は喋らへん!と坪井は腕を組んで鼻を鳴らす。なんだか元気の良い子だと進藤はその姿を見て再び感心した。

進藤 守
進藤 守

まず患者さんをベッドから起こす前にちゃんと先輩に相談するんだよ。起こす時に注意する事も沢山あるからね。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

ホンマやね。不安なままでリハビリしたらあかんわな。

白波 百合
白波 百合

・・・もちろんっす。ちゃんと聞くっす。

白波は何かを決めたようにしっかりと頷いて見せる。その表情をみて坪井もまた安心をする。進藤はカップに残ったトロミ茶を見た。僅かな振動でそれは揺れ、緩やかな波紋を広げていった。

白波百合のノート その38

・仰向けで寝ていると心臓の周りに水が集まってきてその水を排泄しようと体が働く。そして脱水の傾向も出てくる。

・元々心臓や、肺が悪い人は息が辛くなる時もある。座るのが辛くてもベッドを起こすだけでも呼吸はラクになる。

・ずっと寝ていると頭がぼぉっとする。←せん妄や認知症と関連?

・なんだか・・・先輩の話を聴きたくなった。

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