食事と栄養の話 その④ 〜食事量を増やすための関わり方〜

アルブミン

そろそろ随分と夜も更けてきたから店仕舞いだな。と進藤守は目の前でカウンターに腰掛ける上代葉月を見る。なんともよく呑む子だとちょっとだけ嬉しくなる。

進藤 守
進藤 守

それでまぁ食事に関して話してきたけれど、食事量の低下している方にどう関わるか。の話だったね。

上代 葉月
上代 葉月

そうですね。随分ともう教えて貰った気もしますが、やっぱり気になります。

進藤 守
進藤 守

それなら先ずは食べられない人に関して。これには多くは言語聴覚療法が介入するから段階的に入院前の食形態を目標にする。しかしそこで怖いのは誤嚥だね。歩く練習を進めていく時には転倒に注意するだろう?

上代 葉月
上代 葉月

はい。それで段階的に車椅子から立ち上がり、歩行とつなげていきますね。

進藤 守
進藤 守

考え方はそれに似ていると思うね。誤嚥のリスクを考慮しながら食形態から段階的に硬い、元の食事へと飲み込みの力や原疾患の回復に伴って評価し、練習し、病棟で実践し、自宅でも同じ様に食事が取れる様にしていく。例えばトロミの付いた水から普通の水へ、柔らかい食事から普通の食事へといった所かな。

そう話しながら進藤は新人の時に自分はどうだったかを考えて見る。少なくともこんなに多く話す事はしなかったと恥ずかしくなる。

上代 葉月
上代 葉月

確かに入院中といえど食べない訳にはいかないですもんね。

進藤 守
進藤 守

もちろん最初から全ての人が柔らかい食事を取れる事は出来ない。時には前に話した経管栄養や経腸栄養を併用しつつ進める事も多いよ。そして遺憾ではあるけれど、全ての人が元の食事に戻るとは言えない。だけども自宅でも続けられる柔らかい食事や味付けといった事を相談して少しでも口から食べる事は続けてもらいたいと思うね。

上代 葉月
上代 葉月

いつまでも元の歩ける生活を続けたい。考える事は一緒ですね。

進藤 守
進藤 守

そうだな。だから食べる練習と並行して、誤嚥のリスクを減らすために咳をしたり深呼吸をする練習。そしてそもそも食事時間十分に安定した姿勢で食べれる様に車椅子を調整したり、長く車椅子に起きてられる練習も必要になってくる。

上代 葉月
上代 葉月

それは私たちの出番ですね。食事に繋げるための理学療法は今まで恥ずかしながら意識した事は少なかったかもしれません。

そこに関してはよく進藤と喧嘩をしたような気がするなと思う。考え方の違いというやつだけど、彼女とは違い納得するまで、生意気な目つきでここで話し込んでいた。

進藤 守
進藤 守

それにギリギリ普通の車椅子に起きれるレベルだとよく誤嚥をする。飲み込みを支える首回りの筋力は不十分だったり、そもそも疲れていたら食事は取れないし、息が荒いと飲み込もうとする間に息を吸う必要があるから、そのタイミングで誤嚥してしまう。

上代 葉月
上代 葉月

それは私たちも同じですよね。わかりました。意識してみます。

進藤 守
進藤 守

それはとても有り難い。そして食べたくない人だけど、色々な考え方もあり要因もあるから難しいが、先ずは原疾患の改善やコントロールが図れている事。これが重要だね。そして元々の食事量もまた重要になる。

上代 葉月
上代 葉月

元々どれくらい入院前に食べていたか・・・って事ですか?

進藤は言葉無く頷く。そしてどうも過去の自分と比べてしまうと頭を掻いた。

進藤 守
進藤 守

元々少食の人が入院中に必要なカロリーを摂取しようとするとなると大変だ。それに元の食事内容から変わって食べ慣れていないものだったり、カロリーの増加に伴い白米の量も増えると食べ始める前にうんざりする事も多い。

上代 葉月
上代 葉月

それは・・・そうですね。昔、部活の合宿でも食べるのが大変でした。

進藤 守
進藤 守

その時には時間はかかるけど、小皿に取り分けたり工夫は必要になる。そしてリハビリが開始されたタイミングは1日の活動量は多くないから尚更食べるのが大変になる。お腹が減らないからな。

上代 葉月
上代 葉月

そうですね。それに生活習慣も変わりますから普段お腹が減る時間に食べられない。という事もありますからね。

恐らく自分も薫と同じく表面には出さなかっただけで頑固でそして未熟だったと思う。懐かしいものだと進藤はそう思う。

進藤 守
進藤 守

そして元の食事が目標になるのだから、元々食事量の少ない人に必要だからと言っていきなり沢山の食事を提供すると食事量が十分にならない事も多い。それ所か誤嚥する事だってある。それはきっと自宅の中でしか歩く機会がなかった人にいきなり、屋外の長距離の歩行を目標にするようなものだと思うよ。転倒することは目に見えているだろう?

上代 葉月
上代 葉月

そうですね。現在の食事量が十分でないのにそれ以上を望む事はきっと、患者様では無くデータしか観れていない証拠かもしれませんね。

進藤 守
進藤 守

そして年齢を重ねるごとに生活は変化する。妻に先立たれたり、逆にいつも食事を作っていた家族が少なくなると自然に食事に対する意欲も減っていく事が多い。そしていつも通り食事を取ろうとして誤嚥。もしくは栄養状態を悪化させて体調を崩す。と言った事もある。

上代 葉月
上代 葉月

寂しい話ですけど、気持ちの問題もまた本当に大きいんですね。

生活の環境は変化する。それは自分たちも同じだと進藤は思う。自分の事だけしか考えてなかった自分たちがいつしか誰かを育てるようになっている。

進藤 守
進藤 守

だから俺たちがまずやるのはきっと、その人の食事の場面に寄り添う事だと思うよ。無理に食べさせずお話をしたり、好きな食べ物の話をしたり。もちろん食事の仕方や姿勢といった部分もしっかりと見定めながらね。

上代 葉月
上代 葉月

そうですね。誰かと話しながら食事をしたら自然と食事も進みますし、あっもちろん一人で食べる人もいますけど、それでも先ずは原因を考えながらその人の食事場面に寄り添って、安全にその人らしい食事を行うにはどうしたら良いかを考える。という事がまず栄養状態の改善のための第一歩なんですね。

進藤 守
進藤 守

まぁ今回は概論と言ったところで大雑把に語ってみたものの、中々上手く語れないものだな。

上代 葉月
上代 葉月

いえいえ。とてもお上手でしたよ。

そうか?と進藤は首を傾げ、はい。と上代は頷いてみせる。

こう言った患者様を見ながら食事を考える事を教えてくれたのは誰だったか。あぁそうだ。と進藤はその人に思い至る。きっと過去を追いかけているのは自分もまた同じかもしれない。進藤は一度鼻を鳴らして腕を組んだ。そして夜は過去の思い出を纏いながら深く深く更けていくのだ

上代葉月の手帳 4

・先ずは元々の食事量を知る。それを念頭に適正なカロリー量を検討する。無理にたくさん食べさせない。

・その患者様の食事に関わり、その人の事をよく聞きよく考えてみる。それが栄養状態改善の第一歩。

・また話を聞きに来よう。静かな夜は好きだ。

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