はてさて。白波は患者様の部屋を訪室する。
白髪の老女は笑顔の儘に白波を見つめた。
ベッド上でのリハビリを行う最中、この方とも随分と仲良くなったと思う。
お互いお茶が好きで、お互いに流れる空気はどこかしら似ていた。
昔話も沢山した。
戦後に早く夫を亡くした事、そこから女手一つで息子を育て、
その息子も早くに亡くした。
それでもお茶の先生をしながら多くの人に囲まれながら、
昔々の思い出にその身を置きながら穏やかに生きてきた。
その話を白波はすっと心の奥に落とし込む。
できればその思い出の中のままに戻してあげたい。
その気持ちは日に日に強くなった。
コルセットを装着し、患者様はゆっくりと教わった通りに寝返っている。
白波はそこで患者様との打ち合わせ通りに電動ベッドを操作して、ベッドとともに患者様を起き上がらせる。
そして手を添えてベッドの端に座って頂く、患者様が顔を顰めるのを白波は見た。
大丈夫っすよ。そう声をかけて地に足を付けてもらう。
姿勢が落ち着いたのを確認して、白波は両脇に柔らかく手を添えて、
ベッドの横に添えてある車椅子へと優しく誘導をする。
両足はフルフルと震えている。
やっぱりちょっと力は落ちてるっす。
膝が折れるのに気をつけながら、白波は小刻みに足踏みをするように患者様に伝えた。
一度だけ頷いて一緒にゆっくりと車椅子の方向へと姿勢を変える。
そして立ち上がった時以上にゆっくりと車椅子へと座る。
背中には事前にクッションが添えてあり、それに寄りかかると患者様はホッと一息息をついた。
額にうっすらと浮かんだ汗を白波は拭うと患者様の表情を見る。
患者様が笑みを浮かべているのが見えて、白波もまたホッと息をついた。
先ずは第一段階っす。
患者様の目尻に浮かぶ柔らかな曲線に白波は目をやる。
激しくも穏やかな日々で描かれたその曲線はさらに緩んでいる。
さてさてこれからっすね!
白波は精一杯の表情で患者様に一度だけ頷いた。
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