白波の体は項垂れたままであるが、首だけを挙げて山吹を見ている。
やる気だけはあるのだと山吹は思った。
それじゃぁ。まず肝臓の機能は分かるかな?
アルコールを分解するっす。
それは今の自分の事でしょ。主に解毒と合成、あと貯蔵だと考えています。
ふむ。と山吹は頷く。白波の友人だと聞いていたが、この子はある程度勉強しているようだ。
そうだね。もちろん白波君の肝臓のように体に入った毒物を解毒する重要な作用がある。そして貯蔵だね。血液やエネルギーの元となるグリコーゲンが貯蔵される。血液に関しては体内の10分の一から5分の一が貯蔵されている。
昨日食べた鳥のレバーにそんな役割が・・・
鳥の事は知らないが、体内に必要なビタミンやたんぱく質の合成も司る。体の中には無駄な器官は無いが、重要な器官になるんだよ。
たんぱく質というと、筋肉の材料になる物を合成するという事ですか?
もちろんそうだが、他に筋肉以外にも体はたんぱく質によって形作られるから、他の組織の材料にもが正しいね。後は血液凝固を司るフィブリノーゲン等のたんぱく質も合成する。
ほぇ、と奇声を上げながら白波は体を持ち上げる。ちょっとは回復してきたのかと上代は、横目で眺めてそう思う。
いろいろ手広くやってるんすね。工場みたいっす。
体の中の一大工場だ。故に障害もされやすい。
例えば肝炎とかですか?
直接的に障害を受けると言ったらそうだね。肝炎ウイルスに感染歴がある患者、特にC型肝炎患者については特に注意する。
一拍の間をおいて白波が首を傾げる。
何でっすか?
いくら昔の既往でも血液を通して感染する。まぁそうでなくても、病院で他人の体液に触れる事自体が感染リスクに繋がる事は念頭に置いておくように。自分はまだ良いが他の患者にも広げるからね。
確かに今受け持っている患者様もその既往がありました。
ならば要注意だね。と山吹はそう返す。上代は返事をしつつ、こんなに喋っている山吹さんを初めて見たと、表情に出さずに驚いた。
ならばその肝機能を表すデータはどういったのがあるのですか?
幾つかの逸脱酵素が重要になる。
逸脱・・・という事は、そこから逸れたはぐれ者って感じっすよね。
だからそれらのデータが上がっていると、逸脱して逸れたと言うことですから、、、それは細胞が障害された事で、肝機能が下がっている。という事になるんですね。
そういう事だね。本来細胞の中で働いている酵素が、傷付いた細胞から漏れ出す事で、酵素の値は上がる。それは肝機能が下がっていると言うことだ。
うむ。と山吹は頷き、黒猫のマグカップを口元に運ぶ。やけに可愛いマグカップだと上代は笑みを浮かべる。
なんだかややこしいっすねぇ。と白波は零す。
それじゃぁ肝機能を表すデータにはどんなのがあるんすか?
まぁ一般でもよく見る物は、γ-GTP(ガンマ-GTP)で、アルコールによく反応する。今の白波君はよく上がっているだろう。
良くは無いっす。良くは・・・
例えば飲酒だけが原因になるのですか?入院中は無いとは思うのですが。
入院中によく見るのは、薬剤性や輸液負荷によって慢性的な肝障害が増悪する時だね。それはγ-GTP(ガンマ-GTP)以外のデータも異常値を示す。
お薬でも悪くなるっすね。体をよくするのに・・・
そうだよ。と山吹は答える。白波はすっかりと上体を起こしている。
薬もまた吸収された後は肝臓を通る。そして正常な薬効を示す。故にその投与量や期間によっては肝臓は疲労し障害される。
仕事が増えすぎたら誰でも疲れるっすからね。
なるほど。他にはどんな物があるのですか?
ALT・・・GPTとも書かれているがこれは肝臓以外に殆ど存在し無いために、この異常値は肝臓の障害がみられると考えても良い。他にもAST、GOTと呼ばれる物がある。これは肝障害でも上昇するが、他の心臓や筋肉、そして赤血球なんかに含まれるから鑑別が必要だ。まぁ二つ同時に上がっていれば肝障害を疑うと良いよ。
上代は自分の受け持ち患者のデータを思い出す。確かに二つとも上がっていたかもしれない。
逆に低い値を示すのが、コリンエステラーゼ(ChE)だ。これは肝臓で合成される酵素であるから、肝臓が障害されるほど低い値になる。
これは下がっていたらそれだけ肝機能の障害っすね!
そうとも言えない。本来は腎臓で代謝されるから、上がっていると腎機能の障害があるかもしれない。
・・・なかなか難しいですね。
他にもLD(LDH)という物があって、これは糖をエネルギーにするために必要だが肝臓以外にもあらゆる組織に含まれるため、他の疾患も疑う必要がある。
なおさら・・・難しいですね。
上代は猫の手のように右手を丸め額に当てる。初対面なのにややこしく説明しすぎたかと山吹は視線を逸らす。
つまりは簡単にいうと、何を見たら良いんすか?
そうだね。ALT(GPT)とAST(GOT)の上昇を見る。γ-GTP(ガンマ-GTP)もそうだが、この二つの上昇は明らかな肝障害を疑える事が多い。
それでは、まずそれを見てみますね。
それで良いと思うよ。だけどもそれだけではダメだ。
そうだ。それを見てどうするんのだね?
白波は山吹の声色を真似て上代にそう答える。僕はそんなに偉そうか?と山吹はそう返す。
・・・でどうするの?
・・・そこからも先輩に任せるっす!
白波は満面の笑みで山吹を見る。だろうな。と今度は山吹が両肩を落とした。
上代は両手を伸ばして大きく伸びをする。なんだか此処は居心地が良い。
白波百合のノート 23
・肝臓の働きは解毒と合成、貯蔵であって、薬によっても障害される。
・ASTとALTの上昇を見る。だけどの他のデータと他の疾患の鑑別も必要。
・先輩はいつもより嫌味っぽくない。←大いに問いただす必要がある。
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