白波に文献を渡したせいかデスクはやたらと閑散としている。それはそれで寂しい気がして
少し不安にもなる。そして今日も白波は懲りずに休憩室に現れる。
そんで今日はどんな事を教えてくれるんすか?
そうだなぁ・・・
すっかり習慣になってしまったと山吹は思う。
脈拍測定はできるかい?
当然っすよ?この前やったじゃないすか。
忘れたんすか?と白波は不思議そうにしている。山吹は目を細める
できる事、分かっているは全然と違う事はもう分かってるだろう。
いい加減、耳にタコが出来て出血しそうっす。
山吹は左腕を差し出す。
随分と白くて細いっすね。本当に男っすか?
まじまじと見ないで良いから測定をするように。
はい。と白波は山吹の手首に手を当てる。不思議な沈黙が流れる。
所見をどうぞ。
78回ですね。
他には?
またそれっすか。と白波は鼻を鳴らす。だけども次の言葉は出てこない。
他・・・っすか?
そうだよ。
白波は更に沈黙する。それを山吹は楽しそうに眺めている。
はい。恐らく先輩には彼女はいません。
どうしてそうなるんだ。
目を丸める山吹を見てなぜか白波は得意そうである。
まぁ良い。そもそも脈拍とはなんだ?この前ちょっと話したと思う
けど。
はい。1回拍出量を1分間測って心拍数ですね。
うん。そしてそれは厳密に言うと正しくはない。
仕返しとばかりに山吹は鼻を鳴らす。白波は不服そうに眉をひそめる。
先輩が言ったんすよ?
そうだね。考え方としては必要という事は話した。
概論と各論が違うようなものだ。
白波は体ごと大きく首を傾げる。うん。と山吹は頷く。その仕草も見慣れた。
まずは言葉の整理からしようか。心拍数は心臓が1分間に拍動する数。そして1回拍出量と合わさり心拍出量となって心臓の仕事の量を表す
なんだか喉が渇いた気がするっす。
それはこの前の話だよ。そして今測定した脈拍数は、心臓が送り出した血液が血管を押し広げる1分間の数になる。もっと言うとそれが橈骨動脈を押し広げた数になる。更に厳密に言うと血圧測定の時に聞いている収縮期血圧は心臓が収縮した1回拍出量で押し広げられた上腕動脈の脈。とも考られると思っている。
白波は整理をするように眉間に人差し指を当てている。
ちょっとは賢くなったのかもしれないと山吹は笑みを浮かべる。
つまり・・・どういう事っすか?
・・・今診ているものと考える事は違うという事だよ。例えば今、僕が君の表情から心情を察するように、末梢の血圧や脈拍から、心臓の働きや血管の働き、そして異常や反応を見ているんだよ。
じゃぁこの前の血圧測定も今の脈拍測定も、見えない部分を予測しているだけ、という事ですか?
だけ。ではないよ。必要な大切なこと。ただ定義とそこから考える事は違うって事だよ。
う~と白波は唸り声をあげている。
じゃぁ先輩。ウチの表情から今考えている事を当ててください。
白波は眉を潜めて山吹をじっと見ている。
ん~と山吹は顎に手を当てる。そして人差し指を白波に向ける。
もっと勉強をして、賢くなりたい。
全然違うっす。確かにそれもありますけど・・・
それじゃなんだ?
先輩は絶対結婚できないっす。
断言した白波は腕を組んで鼻息荒く、それを見て山吹は目を細めた。
それはさておいて、まずは一つずつ整理していこうか。
ちょっと待ってください。頭の中を整理するっす。
コーヒーでも淹れてくるよと山吹は席を立ち、白波は頭をその場でぐるぐると回していた。
白波百合のノート⑤
・定義と実際に測っている事と、その先で考えている事は違う。
↑これに関してはまだよくわからない。
・心拍数は心臓の動き、脈拍数は血管が押し上げられる数。
・血圧測定と脈拍測定で心拍出量を実際に見ていないが、それについて予測ができる。
・きっと先輩は結婚できない。
コメント