なんだか懐かしいな。山吹薫は昔に少しだけ教師をやっていた学校へと訪れ、用意されたソファーに深く腰掛けながら昔に想いを巡らせる。
それにしても珍しいねー山吹ちゃんがボクを訪ねてくるなんてさー
この前頂き物をしましたからね、そのお礼です。
ふーん。本当にそうなのかなー？物憂げな雰囲気出しちゃって、いつまでたっても素直じゃないなー
そんな事ないですよ。そしてなんで貴女も居るんですか？
別にいいじゃない！内海くんが薫ちゃんが来るって教えてくれたからついでにねー。
高橋美奈はソファーにその身を預けながら、まるで家にようにスナック菓子を口へと運ぶ。別に来いとは言ってないんだけどねぇと内海青葉は困ったように奇妙に体を傾けつつため息を吐いた。
まぁ懐かしい気がするなー。昔はこんな風に色々お話したよねー。
だね！懐かしい！ならそうだなー今日のテーマは不整脈！はい。薫ちゃんどうぞ。
なんでいつも唐突なんですか・・・まぁいいでしょう。不整脈とは声とは逆、つまりは整ったサイナスリズムから逸脱している事。一般的に脈が速くなる、遅くなる、もしくは異常な波形を示すという事でしょうか。
話出して山吹は何をやっているんだろう。そう思う。でもだか気持ちは落ち着いてくる。きっと白波百合の出した答えに我ながら情けなくも動揺はしている。
ふむふむー。なら不整脈が出たら即異常って事なのかなー？
それは違います。例えば脈が速くなる。これは運動時や精神的にストレス、まぁ緊張ですね。それを感じた時にも速くなりますし、年齢を重ねるにつれて期外収縮といった、正常な期から外れたリズムで心臓が種々くし拍動を感じる事もあります。しかしだからと言って不整脈が出ても全てが安全。という訳ではありません。
そうね。例えば極端な話、心臓が働きを止める心静止や心臓が完全に止まる心停止もまた広い範囲では不整脈だわ。死に至る不整脈、致死性の不整脈ね。
他にも死に至る不整脈は心臓の下の部屋、血液を送り出す大切な場所がブルブルと痙攣のように震えて、血液が上手く出せない状態となる心室細動や心室粗動といったものも危険だね。これらはすぐに除細動、つまりは電気ショックだけどそうしないともちろん死に至る事が多いねー。
そうですね。と山吹は頷く。白波はさも当然のように自分のやりたい答えを見つけた。それはもちろん指導者としては嬉しい。だけどもなら自分は何をしたいのか。その思いに行き当たってしまった。
もちろん脈が遅くなっていくのもまた危険です。心臓と上の部屋が主に血液を蓄え、それを心室、下の方の部屋に送り出して心室がそれを全身に送る。簡単に言えばこうやって心臓は上手くポンプ機能を果たします。それが破綻する事で体は体を保てず、意識を保てなくなりますから。
房室ブロックってやつだねー。心房と心室の間の神経的なつながりが何らかの原因で上手く機能しなくなる。それでポンプ機能を保てないって事だねー。
それに単に洞房結節、つまりは心臓を上手く動かすために働く一連の神経流れの出発点ね。そこが障害されて脈が遅くなる、高度の徐脈に陥り血圧も保てないと意識を失う。洞不全症候群ってやつね。これは特に高齢の方に多いわね。
誰もがもちろん自分がやりたい事が有って、進むべき場所を持っている。僕もまたそうだ。ただそれはきっと自分は単純にかつての主任の後を追っている。それだけの事に考えてしまう。それが正しいかどうかも含めて。
ふむ。そもそも心臓はどうやって動いているかにここで目を向けようかなー。はい！ココハレ先生の作品に登場してもらいます！
あら！懐かしい。優璃も大好きだったわよね！そうね。こうやって洞結節から房室結節を通り、ヒス束で左右に分かれるわ。左側にちょっと寄って左の脚になった伝導路は左の部屋に広がっていき、プルキンエ繊維となるわね。そして反対の右の脚は右の部屋に向かうの。そして心筋は全体に刺激が伝わりやすきからそのタイミングでしっかりと縮まって全身に血を送り出すの。そして心臓はその後一瞬お休みするわ。それがT波ね。
この絶妙なタイミングの連鎖で、心臓に満たされた血が全身に送られるという訳ですね。
そういう訳だねー。異常を知るにはまず正常を知る必要がある。というのは聞きなれた懐かしい言葉でしょー？
主任にもう一度会いたい。今までの自分はその考えから逃げていたように感じる。ありふれた大義名分を使って、セラピストとして。なんて言葉を使いながら。自分が臨床で自己研鑽する理由はただそれだけだった。
・・・もう忘れましたよ。その言葉で言うならば、正常の心臓の動きは分かりましたから次はその異常を知らなければなりませんね。そしてそればっかりは触れるだけでは分かりません。
そうだよねー。不整脈の有無もそうだけど、その不整脈がどんな波形をしているかがまず重要！ただの不整脈では無く、非常に危険なリスクのある波形だったりするからねー。
そうね。民間で運動を処方しながらそれは十分に痛感したわ。不整脈の有無なら分かるけど、それだけでは十分でない事も多いの。お医者さんから説明はあるかもだけど、それがどんな波形で、どんな意味なのかはある程度知っておく必要はあるわ。
結構な数だから良く見るものと、危険なものをお浚いしていこうかー
じゃぁ自分はどのような道に進むべきなのか。それは分からない。だからきっと、あの救急科で見た風景、そしてかつての主任、石峰優璃の向こう側にいる彼に会いに来たのだと今更に思う。確かに触れるものより目に見えないものこそ厄介だ。ふんと山吹は一度息をゆっくりと吐いた。
山吹薫の覚え書 41
・不整脈には正常な反応のものとそうでないものがある。
・致死的な不整脈はそれにつながる危険な不整脈もある。それは脈を触れただけでは分からない。
・僕は何のために学んでいるのだ？
【〜目次〜】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
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