まずは凝固系のおさらいをしようか。
これはアレっすよね。読んで字のごとく、血を止める働きっすね。
そうだな。正確には出血を止めるための一連の作用の事だ。血管が損傷すると先ずは血小板がそこに集まり血栓を作る。これが一時止血であり、そこに血液凝固因子が働きフィブリンと呼ばれるたんぱく質がそれを固めて安定させる。これが二次止血だね。
かさぶたが硬くなるようなもんっすね。よく肘とか膝とか擦りむいてたっすから慣れっこっす。
だろうな。と山吹は返す。きっと少年のような少女だった事は容易に想像できた。
そしてその凝固因子はⅠからXⅢまである。そしてそこにビタミンK等の他の因子も作用し、段階的に反応する事で血小板安定化させる。それほどの段階を経て止血され、損傷部位の治癒が進められる。
そう聞くと何も悪くなくて、寧ろ良い事だと思うっす。
本来は大切な反応だよ。擦りむいた傷もこうやって治る。
その結果、乙女の柔肌が維持されているんすね!
それはどうだか知らんがな。
何をっすか!と白波は山吹にそう返す。いつものような表情に戻っているのも見て笑みを作る。
それが問題になるのが、いくつかある。先ずは動脈硬化などが進み動脈の中が損傷する。血管の中が怪我をする訳だな。
なぜ動脈硬化で血管の中が怪我するんすか?逆に硬くなって丈夫になりそうっすけど。
動脈硬化は動脈が硬くなると言うよりも動脈の動きが阻害されて動き難くなるという風に捉えても良いかもな。主に脂肪などにより作られる粥状(じゅくじょう)の物質が血管の内側に張り付いて、それが血液の流れで剥がれてしまい血管の中を傷つける。
なんかドロドロしたやつがへばり付いて、それがベリっといく訳っすね。
そうだな。そしてそこを体は止血しようとする。まぁ当然だね。そして血管の中に血栓ができる。そしてそこから何が起こるのかはわかるな?
それはテレビでもよくやってるっす。心筋梗塞や脳梗塞っすね
臨床でもよく見るだろう。流れた血栓は細い血管に詰まる。そしてそれが生命維持に必要な部分だと重篤な障害を起こす。肺に飛んだ時には肺塞栓症となり、まぁ何になっても生命の危険になる。
一瞬先輩の顔が暗くなったっす。白波はふむ。と腕を組む。良い所を見せて元気にしなければ。そう思った。
なるほどっすね!それで血液をサラサラにする必要があるんすね!
どうした?急に鼻息を荒くして。
鼻息は荒くないっす!でもあれっすね。エコノミークラス症候群とかも確か血栓が出来る病気っすよね?
今はロングフライト症候群とも言ったりするけどな。そしてもう一つは血の流れが滞っても血栓は出来る。深部静脈血栓症と呼ばれるものだね。それは長期間寝たきりでも容易に起きる。そして心臓の動きが悪くなる。俗に言う不整脈という状態や、心臓の弁の動きが悪くなると、心臓の中でも血が滞る。
なるほどっすね・・・。だから血がサラサラになるお薬を飲むんすね。
そうだな。血をサラサラにする目的というより、血栓を作って重篤な合併症を起こさないようにするのが目的だよ。
ふむ。と山吹はコーヒーを口に運ぶ。視線はマグカップの中に落ちたままでこちらに視線を向けようともしないっすね。
と白波は思う。
なるほど。ならばちゃんとお薬を飲んでいるかどうかを把握しなきゃっすね。特に血栓が理由で脳梗塞した患者様とか特に!
今日はなんだか前のめりだな。そうだな。そして重要なのはその薬が効いているかを確かめなければならない。その時はPT-INR とAPTTという検査項目を確認する。
また英語っすね。略語多すぎっす。
いちいち全てが正式名称ならばカルテは膨大な量になるからな。まずPT-INRはプトロンビン時間、APTTは活性化部分トロンボプラスチン時間という。詳しい説明は省くが、この二つとも一番最初に話した血液凝固因子が段階的にフィブリンとなる過程の中の一部の時間を表している。
むー。ややこしいっすね。あっ!電車で目的地にたどり着くまでの時間みたいなもんっすね?途中に通せんぼして目的地に辿り着くのを遅らせる。みたいな感じっすか?
傍迷惑な事ではあるが、段階的に進む二次止血、つまりはフィブリン止血を阻害するという意味では確かにそうだな。
よし!と白波は右手を握る。何だか不気味な程にやる気に溢れていると、山吹は目を丸める。
他にも色々あるが、この二つはどこでも検査はされるからよく見ているように。単純にこの二つの時間が延長、つまり正常値よりも上昇していれば薬効は得られているという事になる。
それにしてもなんで二つもあるんすか?
君の言葉を借りるなら、目的に辿り着くを遅らせるにも、通せんぼする場所が違うんだよ。そして処方される薬も違う。血液が血管外で組織液と混じって凝固反応を起こす外因系と、血中の異物と触れて反応を起こす内因性と分かれているが、単純にワーファリンが処方されていたらPT-INR、ヘパリンや直接トロンビン阻害薬といった薬を使っていたらAPTTを見るくらいで良いかもな。もちろん血小板の増減も確かめる。
そんなにたくさん覚えられないっすよ!
まぁPT-INRとAPTTなどの抗凝固反応を示す検査値を確認し十分な薬効が見られているかは必ず確認するように。血小板に関しては減少しているとそれだけ何処かで血栓が作られている。とも考える事が出来る。
という事は、入院の時の検査データを見て、大丈夫だったら後はお薬を飲むのを確認したら大丈夫って事っすか?なんか不安っすけど・・・
山吹は目を丸めて白波を見る。白波はその意図はわからずに首を傾ける。
まぁ確かにそれだけではないよ。うん・・・それだけではない。
どうしたんすか?
山吹は口に手を当て何かを考えている。白波はよし。と席を立つ。
今日は特別にコーヒーはウチが作るっすね!
ありがたいけども・・・大丈夫か?
任せるっす!そういって白波は席を立つ。山吹はその後ろ姿を見て僅かに笑みを浮かべた。
白波百合のノート 29
・血小板が作用する一次止血と、それがフィブリンによって更に固まる二次止血がある。
・血栓が出来るのは、血管の中が傷つけられた時、心臓の動きが悪かったり、寝たきりだったりと血が滞る事でも起きる。
・色んな因子が段階的に作用する。そして抗凝固薬が作用するのは薬によって違う。
・ワーファリン→PT-INR ヘパリン、直接トロンビン阻害薬→APTTだけども、難しいので両方共確認する!
・さてインスタントコーヒーの分量は如何程だったか。
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